 |
1980〜
長期休みを利用して、子供達を集め、地元の粘土を使って縄文土器を作ってきた。芋を煮て食べられるくらいの土器が作れるようになった。しかし、切り通しの多くがアスファルトで固められる事が多く、地元の粘土を見つけるのが大変である。 |
|
 |
1982〜1992
創立の学校は、すべて1から作るので大変ではあるが、「オラが学校づくり」に生徒を中心にして家庭・地域が一丸となって、取り組んだ。
この時期は、全国的に「校内暴力の嵐」が吹き荒れた時期である。 |
|
 |
1994〜2001
日本ふるさと塾主宰の萩原茂裕先生の立志式の後援会をきっかけに、中学生が主宰する「ふるさとの星を見る会」が作られた。不審者等の問題があり、集まれなくなった。 |
|
 |
1998〜2001
奥日光は、海抜1300m以上の山岳地帯である。豊富な自然があるが、どう利用して良いかわからない事が多い。多くの小中学生が自然体験に利用している土地だけにどんな体験ができるかを中心に活動してきた。 |
|
 |
2001〜2004
この時期は、「特色ある学校作り」「個性重視の教育」のもと、「総合的な学習の時間」が学校教育に入ってきた。
「子供とおじいちゃんの倉ヶ崎城探し」 |
|
 |
2004〜2007
日光地区唯一の3級僻地である。そこには動植物と共生する文化がある
2010年、学校は |
|
 |
地域にはいろいろな市民団体がある。積極的に交流してきた。 |
|
 |
2007〜退職
地域共同体の中心に学校がある。日韓交流などを積極的に受け入れてきた。
|
|