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【初期acgの復刻について賛成?反対?】

「あなたは単純に考えて、初期acgが欲しいか?」おそらくこのHPをご覧になっている方々で「いや、いらない」という方はほとんど居ないだろう。では、「初期acgを、復刻して欲しいか?」と聞いたならどうだろうか?今回は、初期acg の復刻が出たら・・・ということを前提に、話を進めてみよう。

ポイント1.初期acgの復刻は、ACGからは出ない
承知の方も多いとは思うが、ナイキは現在、復刻ラインをひとつのカテゴリー、「フュージョン」として有する。初期acgの復刻は、ACGからではなく、「フュージョン」から出る。これも承知とは思うが、そこには 対象とするモデルに対してのこだわりは全くといっていいほど、無い。 オリジナルに似せて作るのだが、ナイキの復刻モデルの出来は周知の事だが特にヘタクソな為、オリジナル以下のデザインと機能で出来る。それを、初期acgの復刻に覚悟して欲しい。 あなたはそんな復刻モデルを欲しいと思うだろうか?

ポイント2.実際にあった?エア・リバデルチ復刻計画
これは某ショップから聞いた話であるが、初期acgの至宝である、「エア・リバデルチ」を復刻させる計画が、ナイキジャパン(ジャパンというところが実にいやらしいのだが)で実際にあった らしい。結果的には断念に終わったのだが、その理由には興味深いものがあった。 とにかく言えるのは、フュージョン部門は初期acgの復刻を出す気アリアリだが実現が困難で、仕方なく初期acgのカラーリングを用いて「ACGパック」を発売したようだ。

ポイント3.初期acgの復刻は、新モデル開発と同等のコストが発生する
前述の、リバデルチ復刻断念の理由が、「当時の木型が残っていない」ことだそう。 しかも、リバデルチだけでなく、初期acgすべての木型がもうナイキ社に残っていないそうだ。基本的に復刻とは、当時の木型を使って、低コストで再生産できることによって「スポーツアンドフィットネスカンパニー」であるナイキの 、「スポーツシューズ」のサブ的に発売されるものであることを覚えておこう。ナイキのラインナップで、復刻が主流になることは、ありえないのだ。つまり、初期acgの復刻は、非常に出にくい状況にあるといえる。出たとしても、それはオリジナルと同じシルエット、色の再現は、非常に困難であるということだ。

ポイント4.ACGは、初期acgのアップデート版を企画している。
一方、オレゴンシリーズによってアウトドアブランドとしての基盤を築いたACG部門でも、初期acgは非常に評価されており、アウトドアスポーツでの使用を前提として、初期acgの良さを取り入れたニューモデルの開発に着手。こうして、2003年春に「エア・モワブ」が世に出ることとなった。

HATAKEは、これらのことから、初期acgの復刻は良しとせず、アップデートによる更なるACG部門の飛躍に期待したい。復刻ではナイキ社にとって、売り上げ的にその場しのぎにはなっても、ACGブランドの成長には全く繋がらないからだ。アップデート版が出る以上、今後数年間エア・モワブに関しては、完全復刻はないといっていいだろう。


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【初期acgの適正価格を教えてください〜物を見る目を養う〜】

っていう質問が最近いくつかくる。むずかしい質問だ。どうなんだろう。とりあえず言うなら、「自分がそれに払えると思う価格」だ。適正価格は人それぞれ。リバデルチが5万で高いと思う人も、安いと思う人もいるだろう。この価格さえ出せばいつでも買えるという物ではないことは解っているはずだ。それでは何で適正価格が気になるほど高い買い物をしなくてはならなくなったかを考えてみよう。それは明らかにその人の物を見る目が無いからだ。

私は同じスニーカーマニアからもスニーカーを見る目があると言われるし、「初期 acgを選んだあなたが今何を買っているかが気になる」と言う人もいる。そんな私も、一番最初に出会った靴がモワブだったという幸運もあるし、最初から肥えた目を持っていたわけではない。これは養われたのである。あなたは物を見る目を養っているか?常にプレミア価格で物を買ってはいないか?

それではどのように養われたか、これには自分自身を振り返ると二つある。ひとつは、貧乏学生でお金が無いから、物を買う前によくよく吟味することが常につきまとったこと。私がどんな新作スニーカーを選んでいるか気になると言う質問にひとつ答えるなら、私は去年は一足も新作を買っていない。私から見ると「この人よくこんなに靴買うなー」と思う人が少なからず居られる。そういう人はすっかり履かなくなった靴が何足もあるに違いない。自分はそんなことが無いとはいえないが少ない。お金が無いから。そして、買った靴のほとんどは今でも気に入って、履きたいという気持ちが失われないから。

そして、二つ目。これが一番大事。今多くの人が忘れていること。それはストリートに出て、常にショップを覗くということ。今ではインターネットのおかげで家に居ながら靴が買える。しかしそれではわからないことがストリートにはある。だからストリートは面白い。まるで某漫画の公道最速理論だ。

私は、リバデルチを5足持っていた。今では履いたもの(このHPの画像のものだ)は譲ってしまったので、履いてない3足を残すのみとなったが。これを話すと大体驚かれる。しかしこのHPを見てもわかるとおり、ここまで集めるのは並大抵の苦労ではない。しかもインターネットなんて始めてもいないしネットオークションも無い時代にだ。今よりずっと探しにくい時代だった。つまり、大学のあった東京都府中市から渋谷や原宿、高円寺や江古田、下北沢、までとてつもない回数を通ったということだ。定期を買った方がいいんじゃないかというくらい通った。もちろん通った数だけ靴を買って帰ったかと言えば、そう簡単に初期 acgが見つかるわけも無く、莫大な電車賃のほとんどが空振りに費やしたことになる。

しかしその電車賃はまったくの無駄であったかというと、決してそうではない。ショップをまわると、あそこにあんなショップが出来た、とか、道を歩く人がこんな格好をしてるだとか、もちろん興味があるのは初期 acgに限った事でも無いからいろんなメーカーのいろんな靴がいくらで売られているかなどが自然に頭に入ってくる。こんな事が数百回と続いた。私はあの時に何度もショップまわりにくりだしたことが今非常に効いているのではないかと感じている。下北沢のレディースが主な古着屋でリバデルチの箱付きデッドを1万円台で見つけたこともあった。適正価格もクソも無い宝探しだ。物と同等かそれ以上に貴重な経験だった。だからまた今度リバデルチを手放すことになったとしても、売る、という事は無いと思う。トレードだろうな。この経験に比べれば数百回の電車賃なんて安い授業料だ。

こういう経験から、私はネットオークションなどで比較的容易にレアな靴でも手に入るようになった今だからこそ、物を見る目を養うということを忘れないで欲しいと思う。ネットオークションで、プレミア価格で物を手に入れ、現行品を吟味しない。そうすることで物を見る目は養われず、数年後にまたプレミア価格で物を手に入れなければならなくなる。リーバイス501XXのような、世紀を超えて残る逸品が今現在にも新発売されているのかもしれない。しかしあなたは501XXを数十万円で手に入れ、今まさにあなたの時代に売られているものに、将来またあなたは数十万円払うことになり、それまであなたがその価値を知らなかったら?はっきり言おう、それは学習能力の無いただのバカだ。その人の501XXはかわいそうだ。猫に小判。そんなに物を見る目が無い奴でも501XXを穿いているなら、501XXなんて大したことない物だったんだな。そう思われてしまえばどんな逸品でも持ち主によってゴミ同然だ。

お金や物は、あなたが老いてもこれからも手に入るチャンスはあることだろう。しかし、今の時代での経験は、今でなければ手に入らない。もし私の今後も続く長い人生の中で acgが一瞬のブームだったとしても、経験は一生残る。


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【将来のACG】

2000年の秋冬のACGウェアは、これまでにない出来の良さで、今まで私が指摘してきた問題点はだいぶ改善されてきたし、スノボラインに偏りがちではあるが、これからに期待が持てる商品作りであったと言える。しかしまだまだ物足りない。技術的にしっかりした物が作れてきたのはいいのだが、もうちょっと個性が欲しい。 acgがはじまった時のあのインパクトのあるシューズ、ウェア。これらにあったパワーはまだ今のACGにはない。数あるアウトドアブランドのひとつではなく、ACGらしさをアピールできる商品作りや、ナイキお得意の広告も期待したい。

なんだか最近アウトドアブランドが飽和している。ビームスとかが日本で無名のアウトドアブランドを引っ張ってきたりもしているが、そういうのも持ち上げてる時だけで、結局廃れていっちゃってる。ワイルドシングスとか。ショップもショップで、行き渡ったら使い捨て、といった感じだ。今ああいうセレクトショップが次々と持ち上げてるような新興アウトドアブランドは、私も一応チェックはするが、やはり買うに値しないブランドばかりだと感じている。他人が着てないっていうだけで、日本に代理店ができれば廃れちゃうような、そういう事でだけしか魅力を保てないようなブランドばかりな気がする。メーカーではなく、いちショップのプロパガンダだけで実のないブランド。そういうのが飽和してて、結局消費者はもうお腹いっぱいで、次に来るのはウールリッチやエディーバウアー、シエラなどの普遍的なブランドが来る気がする。

そんな中で、ACGはどこに行くのか?興味が持てる。今はまだ褒めちぎることは出来ない。しかし、将来性のあるブランド、次に何が出るのか楽しみだった昔のわくわくする感じが、私の中に戻ってきている、そういう2000年秋冬のラインナップだったのは確かだ。


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【このHPの更新速度は新作ACGの出来に左右される】

今回は厳しいよ。前もって言っておく。私はACGを絶対見捨てない。

今シーズンのACGの新作をチェックしていきたい。とりあえずアパレルの方は全体的に良くなったと思う。安っぽさの象徴であるスウォッシュが入ってないし。今までスウォッシュが入る位置にACGロゴがついた。どうやらアメリカでは、近年企業イメージの悪いナイキの中で、ACGを全面的に売り出し、ナイキ色を薄めたいのだそうだ。

まずベースレイヤーだが、今までのベースレイヤーはわけわからんゴツイタグが首もとに違和感を与え、とても一番下には着れなかったとんでもない欠陥製品だったが、今シーズンから薄くて小さいタグに変わった。これでやっと普通にベースレイヤーとして使えそうだ。

相変わらずだめなのはフリースのベスト。あの厚さなのに、中間着として使うことを考えてないね?アウターを着たときに、アウターの襟と重なってあごの下が邪魔になる。それは、でかすぎるジッパーの引き手と、高すぎる襟のせいだ。パタゴニアの製品を見てみろ。襟が前だけ下がって、ジッパーも必要最小限の大きさでしょう。まだ今シーズンは良い。一年前の製品なんか、すんごい無駄なでかさのジッパーの引き手が付いてたね。重ね着したとき邪魔でしょうがなかった。もちろん試着段階で気づいたので買ってないぞ。デザインもいいけど、少しは実用性のこと考えようね、ってスポーツアパレルブランドが言われることじゃないでしょう。このHPでもさんざん言ってたけど、昔のナイキは機能の上にデザインが成り立っていた。今はデザインが先なのね。

靴も少し良くなったかと思えば、今シーズンの「トレーズ」。'97年の「ターミナスズーム」並の安っぽさだね。あれを雑誌で始めてみた時は、正直売る気があるのか、と思った。

いつになったら新作ACGをこのHPを見てる皆さんに自身を持って薦められるようになるのだろう。いいかげん初期 acgばかり誉めるのをやめたいんだけどなー。


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【ナイキのウリって何だ?】

patagoniaは、環境問題に熱心だったりして、企業としての姿勢、独自性がはっきり打ち出せている。アウトドアブランドの中でモノ的にズバ抜けて優れているわけでもないpatagoniaだが、この点では他のアウトドアブランドには無いものを持っていると言える。それがpatagoniaが成功している原因なのだろう。

ところが最近のナイキは、どうだろうか?スポーツを食い物にして、お金儲けの大義名分のようにしているのような姿勢が見えなくもない。そのうち「スポーツテイスト」とか言い出しそうで怖い。

というのは、某HFやアパレルメーカーとのコラボレーションなど、最近あまりスポーツの発展には貢献してない感じがする。いや、そういうことするのはどうか、と言ってるんじゃなくて、肝心のスポーツはどうしたの?って言う意味で。「おまえの目的は何だ」と言いたくなる。just do itなんてもはや言えないだろう。タイガーウッズや中田などの有名プロスポーツ選手と契約して、広告だけで名前を売っている感じだ。確かにそういうことをすれば世界的に名前は売れるだろうけど、それで子供がスポーツを始めたくなるんだろうか。スポーツを通して社会に貢献することになるんだろうか?もうちょっとアマチュアスポーツの世界を支えるような活動をしてほしい。アマチュアスポーツをなめると痛い目に会うよ。X-sportsでもう味わってると思うけど。

何でこういうことを私が言い出すのかと言えば、横浜のそごうにはナイキショップの隣にアディダスショップがあり、目の前にはリーボックがある。ナイキショップとその他では、客層が全然違う。アディダスやリーボックより来店する人はずっと多いのだが、ナイキショップの客はあまりスポーツをするための道具としてナイキを選んでいる様子ではない。まあ利潤の追求という企業理念からすれば、売上が上がるというのは成功しているということなのだろうが、それでスポーツブランドをうたうようでは、ナイキは好きにはなれなくなるだろう。

将来、本当にナイキが実質的なスポーツブランドでは無くなる日が来るのかもしれない。今は私だけが抱いている疑問が公の常識として受け止められる日が来るなら、「HATAKEってナイキが好きなの?」と偏見を持った口調で言われたときに、こう答える。

「いんや、俺が好きなのはACGだ。ナイキじゃない。」


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【ゴアが変わった】

ゴアテックスが変わった。従来の約1.5倍の透湿性で、素材自体もしなやかで柔らかくなったそうな。その新ゴアテックスで出来たモンベルの雨具を見たが、確かに柔らかかった。

ところで、アウトドアスタイルの代表的ブランド、patagoniaはシェルのトップモデルのトーレジャケットにゴアテックスを採用しているが、それ以外の主だったマウンテンパーカにはpatagonia独自のH2NOという素材を使っている。この素材はいくつかタイプが分かれているが、その中で一番透湿性能の良いH2NOストームHBという素材でさえ従来型ゴアテックスの性能を下回る。実際私も着ているが、確かにゴアテックスで出来たストームF.I.T.に比べ蒸れやすいことがすぐにわかるくらいの程度だ。

最近、色使いの良かった'90前半のpatagoniaのマウンテンパーカが古着屋やオークションでも目立つようになったが、それらに使われている素材は、今のpatagoniaのマウンテンパーカの素材より透湿性が悪いものであり、つまりは従来型ゴアテックスよりはるかに悪い性能である、ということになる。そういう代物に高値がついている。

でもまあそれもわからなくも無い。なぜなら今のアウトドアブランドにはない、すばらしいデザインや色使いを持ったものが当時のpatagoniaには多かったから。機能的には今のものに下回ったとしても、それをカバーして有り余るものがあるからこそ欲しい人が居て、それなりの相場というものが出来るんだろうと思う。

だから問題なのはどっちかといえば今のpatagoniaだろう。機能的に他のアウトドアブランドと比較し劣るとしても、デザインの良さで支持されてきたpatagoniaだが、今のpatagonia人気は、ちょうどハイテクブームの頃のエアマックス'96のような人気の気がする。デザイン的につまんなくなった。ナイキのように色気を出すブランドではないからファッションの世界で勝負する必要などない、という見方も出来るが、今までpatagoniaだけが持ってた魅力のようなものが無くなってしまったことにはとにかく変わりはない。

が、しかーし!来シーズンからpatagoniaウェアは大きく変わるらしい。デザイン的にも、素材も。素材自体が薄くしなやかになり、透湿性もぐんと向上するらしい。まーそうじゃなきゃやばいでしょ。これ以上ゴアテックスを使用しているほかのアウトドアブランドと差がつくようじゃね。実際、今patagoniaショップに行ってみると、シェル類は品薄である。「今は買わない方がいいよ、もうちょっと待ったらいいのが出るから」ってことなのだろうか。

・・・ところで、acgウェアはどうなるのかな?初期の acgウェアは機能的にはアウトドアブランドに対抗できるものではなかったとしても、今のアウトドアブランドのような味気ないデザインではなく、非常に個性的なものが多かった。ひと昔前に比べてぐんと増えたアウトドアブランドだが、実際はこれ、という秀でた個性を持ったブランドは今は無いように思える。だからこそ、この今はまさに、これまであまり日の目をみなかったacgウェアが大きく成長できるチャンスのような気がするのだが・・・。タイミングはぜひとも逃して欲しくないものである。


 

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【'99年をふりかえる】

もう年が明けてしまったが、少し昨年のスニーカーを振り返ってみる。昨年は、ナイキのアルファプロジェクトが始まり、中身がハイテクでない、形だけのハイテクスニーカーばかりがあふれていた近年の中では、少しはまともなスニーカーが増えたと感じる。 acgのことを言えば、エクスプロシリーズが発売されたことは大きな冒険だった。しかし、靴だけを売ろうとしていてほかには何もしない。初期acgのようなはっきりとした方向性を打ち出せなかったため立場が良く分からない。これでもう二度とアウトドアクロストレーニングモデルは出てこないかもしれない。ウェアを見ると、時代がエクストリームスポーツを持ち上げるようになって、スノボウェアとかに力を入れるようになった。反面普通のアウトドアウェアが少なくなり、今現在は特にアウターは皆無。そこまで流されなくても…といった感じだが、これからいいウェアがどんどん出ると聞いているので期待する。ナイキの'99年のベストはサイズミックであろう。これはカタログを見て韓国製だったので、このモデルに対するナイキの気合を感じた。韓国製ナイキは非常に品質が高く、初期 acgのほとんどが韓国製であるので、マニアは韓国製だというだけで反応してしまう。

ナイキのハイテクスニーカーばかりが注目された感があるが、他のメーカーもがんばった。特にアディダスのゴンザレスは、外見からはあまり伝わってこないすばらしい機能性を持ったスニーカーだった。ハラチのように足への追従性が良いというわけではないのだが、純粋に足にやさしく、疲れにくさでは群を抜いている。あまりアディダスらしくない、どちらかというとナイキのようなタイプのスニーカーだ。しかし今後のラインナップが心配。ナイキを追いかけてもナイキには勝てない。アディダスにはナイキとは別の良さがあるので、ぜひ独自の路線でがんばって欲しい。

昔あるショップの方とこういう会話をしたことがある。

「どんなスニーカーが好きなの?」「とにかく、おもちゃっぽいスニーカーは嫌いですね」「スニーカーなんて所詮おもちゃだよ。」

確かに、人によってはスニーカーはおもちゃにもなるのだろう。しかしただのおもちゃなら、履けない、外見だけ靴の形をしたもの、たとえばエアマックスそっくりの靴型のお菓子入れでもあなたは本物の靴と同じ値段をそのおもちゃに払えるだろうか。

あるいは「F1のエンジン音は芸術的だ」という人もいる。しかし、その人がF1のエンジン音そっくりな工事現場の騒音を聞いて、同じように芸術的だと思うだろうか。

つまり、あの迫力のある、本物のF1だからこそそのエンジンの音色にシビレル人がいるわけで、最高の機能を持ったスポーツシューズでありながらデザインもかっこいいから至高のおもちゃになりうるわけである。最初からおもちゃウケをねらって作られたスポーツシューズなど、おもちゃ以下の存在にしかなり得ないのである。

というわけで、個人的な'99年NO.1スニーカーはゴンザレス!ここ5年くらいに出たスニーカーの中でも出来はピカイチでした!どちらかというと女の子に薦めたい靴です。


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【acg、ついに来たる!】

大分このコラムも間が開いてしまった。というのも、狂乱のスニーカーブームがついに終わり、本当に欲しいものだけを買う時代へと移り変わってきたからであり、私がもう毒舌づかなくてもいい時代へとなったからだろうか。メーカーも大変である。ブームの亡霊から抜け出せず、モノ余り状態である。「え、あの靴も?」セールである。

このひとつ下の、5ヶ月ほど前のコラムでは、一部のおしゃれな人達がacgに目を付けている、という内容であったが、もう今はショップのスタッフを中心に初期acg着用者が大分増えた。しかも、初期acgはハイテクブームの頃のハイテクシューズとは違い、お金さえ出せば誰でも買えるというわけではないので、ハイテクスニーカーは本当にカッコイイ人から、「靴だけ浮いてる」人まで幅広く履かれたが、初期acgを履いてる人達はみんなおしゃれな人達ばかりである。

それもそのはず、ハイテクブームは一部の有名人が履いたのを大衆が「真似た」こと、あるいは商売が絡んだ雑誌が持ち上げたことにより広まったブームであるのに対し、初期acgはショップのスタッフ、あるいはハイテクブームの頃から既にこだわりを持ち初期acgを履いていた人達に流行の起源があるから、自然と着用する人も違う。

ショップもかなり様変わりした。ただ単に現行品を海外から並行輸入して売るようなショップには客足が途絶えている。ハイテクブームの頃は消費者も「クローン」ならショップも「クローン」状態だったからであり、その頃はショップ周りしてもどこのショップも同じような品揃えで面白くなかった。これからはショップに個性が必要となる時代であろう。今見回してみても、生き残ってるショップは、ブームの頃も堅実に個性を打ち出していたショップばかりのような気がする。

そして東京のフリマも大分様変わりしたという、HATAKE'S ACG WORLD特別捜査員(誰だ?)の報告も入っている。ハイテクスニーカーを売る出店者は激減し(あるいは売っていても客は寄りつかず)、acgやパタゴニア古着を売る出店者が急増しているとのこと。また客層も、ハイテクスニーカーを履いている人は少なく、前よりもacgを履く人達が増えた、又全体としてその場に居る者(出店者および客)が俄然おしゃれになったのだそうだ。確かにレアな初期acgはもうショップに入ることも余り無く、フリマが頼みの綱といった感もある。

そして、一番言いたいのは、この世界(もちろんこのHPの事ね)を訪れる人が急増したということである!!注目されてきてる!?皆さんありがとう!!

ここで一つだけ、新しい訪問者の方に言いたいことがあります。今、流行に合わせ、初期acgが各雑誌で持ち上げられたりしてますが、雑誌に載っているモデルは、このHPに載ってないモデルがほとんどでしょう?実は、今雑誌に持ち上げられているものは、acgの世界でもやっぱり人気の無い、当時の売れ残りがほとんどなのです。今でもプレミアはほとんどついていません。それを「初期acg」や「acg以前のナイキのトレッキング」という名の下に名作acgと一緒にされて紹介されています。皆さんは、そういうものを手に入れて今更acgに触れるよりは、流行に関係無く、自分だけの道を歩み、自分だけの一足を探して欲しいのです。acgの世界で最も人気のある‘92年度モデルなどはハイテクブームの頃に既にマニアによって漁られて、ショップにはもうほとんど入ってきません。

また、ヴィンテージスニーカーのように、古ければ古いほどいいという考え方もacgには当てはまりません。たとえば、私も含め、アウトドアクロストレーニングを提唱していた頃の初期acgが好きなマニアは、acg以前の、ごついトレッキングシューズには余り興味がありません。「これはacgよりもさらに古いモデルである」とか言われても、「だからなんなの?」という感じです。なぜならこのHPでも何回も述べているように、初期のacgは、アウトドア部門とは全く別のジャンル、世界であり、比べる土台が違うからです。だからラバドームやアプローチは、ワッフルトレーナーやエアジョーダンと同じく、初期acgとは違うジャンルのものだということを踏まえて雑誌を読んでくださいね。興味が無いとはいっても、サン・オブ・ラバドームやマグマなど、色使いがすばらしいものは私も好きですけど。


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【流行を創る人と、それにくっ付いてく人】

このHPを見ている方々で、Boonという雑誌を知らぬ方は恐らく居まい。そのBoonが、雑誌に載せるようなおしゃれな人達(Boonではそういう方達をカッコマンと呼ぶ)と、Boon読者にファッションについてアンケートを取ってみた。結果が現在発売されているBoonに載っているのだが、アンケート結果を見てみると、この二者の間には流行の大きな時間差がある事が判る。雑誌に流行アイテムが紹介される頃には、おしゃれな方達の間ではもうその流行は終わっている、といった感じだ。

その傾向を、データを靴に限って見てみる。一般の方々は、セッター、コンバース→アディダスへ向かっているが、カッコマンの間ではもうアディダスは流行真っ只中。さすが、という感じだ。スニーカーマニアの間では、もう数ヶ月前から「次はアディダスだ」と言われていた。「え、アディダスなんて聞いてないよ」っていう方も居られるだろうか?インターネットの掲示板ではアディダスの話なんか全然出なくて、もっぱら香港ポンプだのフォームポジットだのイエローグラデ復刻だのといった話しばかりだったので無理も無い。では、なぜインターネットでアディダスが話題にならないか判るだろうか?みんな一番欲しいものは人に教えたくないし、価値も判らない人にヴィンテージ情報なんて教えたくないからである。でも、インターネットでは情報の区別なんて出来ないから、「ネット上で話題になっているもの=みんなが一番注目しているもの」と勘違いしている方が多いようだ。その結果、「あれ、みんなこのモデルについてあれだけ騒いでたはずなのに…」っていうこと、今までにも無かっただろうか?

というわけで、今現在は復刻ラッシュを見ても判るとおり、ヴィンテージが幅を利かせてきているにもかかわらず、インターネットでは現行ハイテクしか話題にならないというわけだ。現行ショップ情報なんて誰でも言えるけど、ヴィンテージ情報はスニーカーを良く知ってる人じゃないと言えない。インターネットで情報を出している人の絶対数は、前者の方が圧倒的に多いことは明白であろう。

そして、私がBoonの記事で一番目を引いたのは、Boon読者はACGを最も「いらない」としているのに対し、カッコマンが今一番「欲しい」のはACGであった、という結果だ。寝耳に水、といった感じであろうが、これもさっきの−民衆の創った法則−の裏を返せば、「メディアで話題にならないもの=みんなが注目してないもの」という自分の価値観を持たない人の思い込みのせいである。

まあ、本当は流行なんか関係無く、自分の履きたいものを履くのがいいんだろうけど、それも人それぞれかもしれない。私の場合は、ファッションの中では靴が一番偉くて、靴にその他の服を合わせるって感じだから、普通におしゃれをしたい人は、私の言うことなんか聞かない方がいいかも(笑)。

今回のBoonの記事を見て、流行を作る人と、それに付いて行ってる人の傾向が明らかになって、皆さんはどう思ったのだろうか。あ、ちなみに私は、この前のTOPICSのフリマの項でも書いたけど、もう現行ACGには余り興味はないんで今はアディダスアドベンチャーに行ってます(笑)。


【マニアのスニーカー選び(苦肉の策)】

皆さんは月にどれくらいスニーカーを買っているのだろうか?私のようにお金の無いマニアはひと月に何足、といったコンスタントな買い物は出来ないし、しない。欲しいと思うモデルは次々と発売されるわけでもないし、私が好きになる条件を満たしているシューズ(この下のコラムを参照)というものは、なかなか市場に出てこないのである。だから、半年も何も買わないときもあれば、たまたま欲しかったシューズが一度に数足出てきたときは、ものすごい財政難に陥ったりするものである。

それに、やはり靴は履くために買うのである。いっぱいあっては履ききれない。たとえば、お気に入りのシューズは、一日履いて、靴の為に次の日は別のお気に入りを履く、としても、その次の日にはまたその靴を履きたくなってしまう。そういう気持ちを抑えて(また、他にも履きたい靴もあって)、他の靴を履く。お気に入りの靴は数足あるから、それらを気分によって履き替えるとしても、大体靴のローテーションを組むのは10足くらいが限界ではないか。それ以上下駄箱にあっても、一日一足履くとしたら、大好きな靴が次に履ける時が10日以上あっては、我慢ならない。

しかも、私のような一人暮らしの学生は、大体がワンルームくらいのアパートかマンションに住んでいるであろうが、私のようにお気に入りの靴を、将来履き潰したときのスペアのために、同じ靴を数足買ったりすると、すぐに居住空間が狭くなり、今度は生活自体が危うくなる。

それでも、靴はどんどん増える。このような悩みを持っている人は結構いると思う。では私が、どういう風にこの問題を解決しているかを紹介したい。

私は趣味を同じくする人達とよくこういう会話をする。「フマラいいよね」「セルティグいいよね」などなど。しかし、フマラもセルティグも未だ買っていない。なぜか。答えは簡単。欲しい靴はいっぱいあるけど、お金が無いから、フマラやセルティグなどのように、まだまだあと何年か経っても手に入りそうな靴(そりゃあ、多少はプレミアがついたとしても)を今買ってる余裕はないからである。で、そのお金は何に使うのかというと、「今じゃなきゃ買えない靴」を買うのである。欲しい靴すべてを抑えるとなると、お金も足りないし、どうせ一気に履けるわけでもないので、しまう場所も無いのである。

よく、「今のうちにベーキンやノモマックスを抑えておく」といった話が聞かれるが、そんなお金があったら、今しか買えない靴を買いなさい、と言いたくなる。今の靴は昔と違って生産数が多いんだから、エアマックス95のような一部の例外を除いては(95の相場も徐々に下がっているらしいが)数年で高い値段がつくとは思えない。将来数千円高くなるのを嫌がって、今のうちに買っておく価値がそれらの靴にあるだろうか?今履くのでないのなら、そういう靴を買っておくよりは今履きたい靴を買った方が良いと思う。現行品を大事にとっておくよりは、本当に履きたくなったときに、将来買えばいいではないか。

もちろんこんなことは雑誌や現行品しか扱わないショップの人は言わない。こんな事されたら商売上がったりだからだ。でもこれが、お金が無いマニアが取る最善の策だと思う。

はっきり言って、現行品はここ数年は「出せば何でも売れる」状態だった。そういう時期には、いいモデルが出ることは少ない。逆に、不況のときの方がメーカーは気合を入れて消費者に喜ばれるモデルを作るから、いいモデルが生まれることが多い。初期のACGも、当時は全く無名で、ACGがナイキであることさえ知られていなかったので、ブランドイメージといった追い風は無く、全くのゼロからのスタートであった。だからこそ、普通のアウトドアメーカーでは出来ないあんな冒険的な靴作りが出来たのだと思う。

だから私は、いい現行モデルが出てきて欲しいが為に、密かに「もっと現行品が売れなくなる時代が来ればいいのになあ」と思っている。そういえば、私が名作が多く生まれたと思っている‘90年代前半はヴィンテージブームだったような。

・・・というわけで、私は滅多に現行品は買わない。マスコミはよく「即GETせよ!」とか言うけど、そんな現行品って滅多に無い。雑誌やショップに乗せられないで、自分の価値観で靴を選んで欲しい。


【HATAKEの好きなスニーカー】

皆さん、このホームページを見てくださって、感想などをメールで送ってくれてありがとうございます。今回は、私の好きなスニーカーについて書こうと思います。

何でかというと、「あなたは多くの方とは違った価値観を持っておられる」とか、「あなたはACGしか履かないのですか?」とか言われるからである。それは大間違い。私が好きなスニーカーというのは、

@カッコ良くて、

A履き心地が良くて、

B希少で、入手困難な(履いている人が少ない)

スニーカーである。この条件を兼ね備えたスニーカーというのは、本当に少ない。で、この条件をパスしたスニーカーが、初期のACGばかりだっただけである。そして、これは私個人に限ったことではなく、流行に左右されない、昔からのスニーカーマニアの多くが今一番注目している(探し回っている)のが、初期のACGなのである。近年のニューモデルは、@はクリアしたとしても、AとBはもう絶望的である。よく議論になるけど、お店に行列を作って、並べば買えるようなスニーカーはレアじゃないと思う。本当にレアなのは、「並んでも買えない」スニーカーである。

それでは、ACG以外で、私の欲しいスニーカーをいくつか挙げてみることにする。

まず、ランニング系なら、筆頭に挙がるのが「ワッフルトレーナー」だ。私がモワブを初めて買った頃、復刻版が出回ってたような気がするのだが、当時高校生だった私には靴を何足も買えるお金の余裕はなかった(結果、毎日履かれたモワブは1年で駄目にしてしまった)。他にも、「LD1000」とか好きだ。あの頃のメッシュはすごく上質で、あのメッシュに私はとても弱い。他にも、あの頃のランニングは大好きである。

あと、ナイキ以外では、アディダスの「カントリー」。復刻版は全然なっとらん。そして、ニューバランスは現在でも結構いいモデルを出している。現行品では、各メーカーの中で一番いい仕事をしていると思う。つねに細かい改良を続けている「99X系」などは外見重視の今のナイキでは真似が出来ない芸当である。

次にバッシュ。私は基本的にバッシュは履かない。なぜなら、履き心地にこだわる私としては、バッシュを外で履く、という時点でその靴の機能を殺していると思うからである。そして、バッシュはどうみても贅肉たっぷりのものが多い。それはある程度仕方が無い。バスケットボールというスポーツの特性から起因するものだからだ。

記録を競う陸上競技とは違い、バスケットボールは、相手に勝つのはもちろんだが、プレーで客を魅了することの出来るスポーツ、つまりエンターテイメント性の高いスポーツである。そして、その選手の足元を固めるバッシュは、選手の華やかなプレーに花を添える意味でも、ある程度のファッション性を求める方向に靴作りが動いてしまうのである。当然、デザインはどんどん奇抜なものになっていき、近年はおもちゃっぽい靴まで出て来てしまっている。が、今までのスニーカーの歴史の上で、運動靴がファッションアイテムにのし上がって来たのには、バッシュの功績というものはかなりでかい。

で、買いはしないが、これなら履いてもいい、というバッシュを私が挙げるとしたら、私は「エア・ジョーダン6」を挙げる。バッシュ嫌いの私がいいと言うバッシュなのだから、相当いいバッシュだと思っていい。

でも、外で履くならやっぱり初期のアウトドア・クロストレーニング系のACGだと思う。ハラチシステム特有の素足感覚でなお且つ、アスファルトをガリガリ削りとるように一歩一歩を刻むあの接地感を、ぜひ味わってみて欲しいものである。良いモデルは入手は困難を極めるが、がんばって探してみよう。


【HATAKEの独り言】

今回は、自由に、独り言を言わせて欲しい。

というわけでさー、本当に自由に書くよ。このHPは、出来の悪い「外見だけハイテクシューズ」に群がってる最近のにわかマニアに、本当にいい靴っていうのを紹介したくてこういう形式のHPにしたんだけど。別に自分の持ってるレアなシューズを自慢したいって言う気持ちは無くって。別に外見が気に入って今時のハイテクスニーカーを買うなら何も言わないけどさー、それで履き心地がどうのとか論じて欲しくないわけ。だってさー、最近の人って、キング・オブ・スニーカーっていったら、すぐエアマックス95とか挙げるでしょ?全然違うって。実はエアマックス95って、ブーム前からスニーカーを好きだった人達からはあまり相手にされてないんだよ。「一応持ってるけど…」って言う人が多いんじゃないかな。

友人に、「スニーカーの定義って何?」って聞かれた。その人は、運動靴とスニーカーの境界線が解からないのだという。私はこう答えた。「定義なんて無いです。もともとスニーカーというものは運動靴です。それをファッションに取り入れればスニーカーになるんです。だから、その人がスニーカーだと思えばそれがスニーカーになって、運動靴だと思えば運動靴になるんです。エアマックスだって、スポーツで使ってる人がいたら、運動靴と呼ばれるだろうし、お洒落の一端として使うとしたらスニーカーと呼ばれるでしょうね。もっとも、あの靴はスニーカーとしては一流かもしれませんが、運動靴としては三流ですね。」

だからさー、スニーカーを作るっていうのは、機能を追求した上で、ファッション性を加えるのが鉄則だと思うわけ。具体的に言うと、色や素材でしか遊んじゃいけないと思う。それが出来ないようじゃ、ヴィンテージとして残っていかないと思う。マックス95はあれだけマスコミが騒いじゃったから、残るだろうけど、それ以外のブーム期のスニーカーってみんな消えてっちゃったじゃん?その理由は、デザインに機能が伴ってなかったからなんだよ。ナイキっていうのは、今までに無かった色使いで、運動靴をスニーカーにまで押し上げたメーカーだよね。色で遊んでも、運動靴としてはしっかりしたものを作ってたから、今の地位があるんだよね?それがここ数年じゃあ、素材はヘボいものが使われるようになったし、デザインはネタが無くなってきてどんどんヘンテコになっていくよね。「これってスポーツ用のシューズなの?」って言いたくなるような。数年前の靴と見比べりゃ近年のモデルはすごく安物に見えちゃう。

このままでいいのかなー。ポンポンニューモデルを出さないで、昔のようにモデル数を絞って、一球入魂して欲しいね。もっと一つ一つのモデルを良く考えて作って、大事にして欲しい。まあ、そんなんじゃ儲からないんだろうけどさ。


【自然淘汰】

  近頃、いろんなスニーカー系ホームページのフリーマーケットコーナーで、マックス95黒ボーダーだの、マックス96だの、ズームフライト96だのといった‘96年モデルを売りに出す人が多い事に気がつく。これ以上値が下がらないうちに、とっとと売っぱらおうという事らしい。流行りモノの哀れな末路だ。確かに、これらの靴は特にデザイン的に優れているわけでもなく、ましてや機能的でもないので、流行さえ過ぎれば、それなりの値に落ち着く。今までが異常な値が付いていただけだからだ。

  そして、ブームが終わるとともにスニーカーから離れていく人も出てくるだろう。こういう人はかわいそうだ。「良いスニーカー」というものを経験しないでスニーカーから離れてしまって、「スニーカーってこんなもんか」とか思ってその後の一生を送ってしまいそうで。

  それはそれでしょうがないのかもしれない。「良いスニーカーとは?」と考えて、ショップや雑誌の言う事を鵜呑みにしても、また「騙された」と思って、高いお金で買った靴を手放す事になるだけ、という事にもなり兼ねないからだ。つまり、自分からスニーカーにその価値を見出せない人は、いつかはスニーカーに飽きるんだと私は思う。

  そう、「良いスニーカー」なんて決まってないのだ。それは個人の価値観によって決まるものだからだ。いくら流行りモノでも、自分の価値観で選んだ人もいる。そういう人は、いくら流行が終わっても、たとえそのスニーカーの一般的な評価が低くとも、自分一人で選んだスニーカーを1年も経たないで手放したりしないはずだ。

  でもこうやって、買う側が自然淘汰されれば、もちろん売る側も自然淘汰されるだろう。もう、今までのように、デザインだけ少し変えてみました、というようなニューモデルは買う側に飽きられて、売れなくなるだろう。もちろん、今時の出来の悪いハイテクモデルに「将来プレミアが付くかも」なんて考えは起こさない方が懸命だ。

注:「良いスニーカーなんて決まってない」と書いたが、少なくとも私のホームページに載っているスニーカーは、一般的な評価が高いモデルばかりである。特に靴の作り、機能に関しては、私個人としても自信ありです。


【おしゃれのマストアイテム?そんなの嘘だ!】

  近年のスニーカーの中で一番大流行したものは?といえば、真っ先に声が上がるのは恐らくエアマックス95であろう。しかし、このおしゃれのマストアイテムと言われたエアマックスを履いてる人は、本当におしゃれな人であろうか?
  今度街でエアマックスを履いてる人を見かけたら、その人がどんなファッションをしているのか見てみよう。恐らく、おしゃれじゃない人の方が多いのに気がつくはずだ。
  なぜ?エアマックスはおしゃれのマストアイテムではなかったのか?確かに、‘95年はそうであった。早くからエアマックスを履いていた人は、独自の価値観、つまりファッションセンスで選んだ人達だ。そしてそんな人は今はもうエアマックスなどは履いていないのだ。
  しかし、プレミアがついてしまってからエアマックスを買った人(3rdカラーからは最初からプレミア付きだったが)は、自分の価値観というより、大勢の価値観によって選んだ人、といえるのではないか。恐らく、この第二段階の人達が、暴走した市場を生み出してしまったのだろう。
  さらにもっとひどい人になると、履き古して汚くなったエアマックスを未だに履いて威張っているつもりの人。これはもう、ハイテクブームの亡霊に取り付かれていると言っても過言ではない。靴がかわいそうである。これは私だけの意見かもしれないが、ああいう見た目だけが売りのハイテク系(スポーツをするためにあの靴を買った人は、ほとんどいないであろう)は、きれいに履いてこそのものだと思っているのだが。本当にそのスニーカーが好きなら、手入れをしてあげて欲しい。流行が終わればポイッというのは、スニーカーを愛するもののする行為ではない。
  そしてブームがさめると、今度はそんな靴の悪口を言い出す。「96はデザインがきつすぎる」とか「履き心地が悪い」とかである。デザインがきついなら、何で発売当初にそういう議論が起きないのか?明らかに冷静でなかった証拠だ。半年でモデルチェンジしたのである。ナイキは冷静だったが、日本の消費者は冷静でなかったのである。いや、冷静でなかったのは消費者だけではない。今泣く泣くハイテク系を定価(あるいは定価以下)で販売している並行輸入店はもっと哀れだ。履き心地が悪い?履き心地であの靴を選んだ人が何人いるのだろう。それは、スポーツシューズではなく、ファッションシューズとして売られたあの靴に対して失礼である。少しでも靴を知ってる人なら、あんな靴がスポーツに使えるわけが無いのが見ただけでも解かるはずだ。それなのに発売当初は雑誌などでは「カッコ良すぎるデザイン」とか、「究極の機能的進化」とかヨイショされたものである。昔ゲーム雑誌で、「面白いゲーム」とされながら、実際に買ってみたらクソゲーだった、という経験はないだろうか?せめて今後の新作スニーカーからは、冷静な判断をしようではないか。


【ブームに見る日本人の民族性】

  スニーカーブームと言われて久しいが、そのブームももう終わろうとしている。今から見れば、「何でこの靴にあれだけのお金をはたいたんだろう」と思っている人も多いはずだ。しかも、今回のブームは極度のハイテクスニーカーブーム。靴自体がハイテクなのではなく、外見がハイテクっぽいだけの「なんちゃって」ハイテクスニーカー達ばかりに信じられないような値段が付いた。しかし、そのブームも終わり、これからは格好だけでは売れない時代に移りつつある。そして、また数年前のように、機能中心の靴作りに戻って欲しいものだ。
  今のシューズメーカーを見ると、かたくなに機能性を重視した靴作りをするメーカーと、機能はそこそこに、見てくれを重視するメーカーに大きく大別されるだろう。前者は、後者に比べると、市場シェアの少ないメーカーが多い。逆に後者は、早くから成長し、その機能的な靴作りでもかなりの実績があるのだが、最近はそのもてあました靴作りのノウハウを生かしてか殺してか、更なるシェア拡大を狙って大衆受けのする(=見栄えの良い)スニーカーを送り出すメーカーといえる。
  この事はなにもシューズメーカーに限ったことではない。ある程度メジャーになると、本来の個性を崩し、大衆受けに走るのは物を作るすべての職業(たとえばアーティスト)にも当てはまる事だ。冒険よりも安定を望んでしまうのである。
  そしてまた、そんな生産者の創造物を受け入れる私たちにも、この傾向がある。特に日本人はそうだ。昔から日本では、魔女狩りではないが、優れた異端者が出てくると、すぐにそれを潰しにかかるのである。そして、個々の個性を殺し、均一化を図るのがこの民族の特徴である。「制服」などがその一例である。
  そして、その均一化を図る民族性と、大衆受けを狙う企業の思惑が重なり、今回のスニーカーブームは始まった。若者は、誰もが持っているスニーカーを自らも手に入れることに奔走し、均一であろうとした。しかも法外な値段で。アメリカ人などはこのブームを鼻で笑っている。そして、日本人を蔑むかもしれない。いつまでも日本人は、金儲けの相手くらいにしか考えてはもらえないだろう。


【ファッション雑誌の功罪(良いマニアになるためには)】

  一昔前までは、新作が知らないうちにいきなり出た、ということもあったが、現在ではいろんな雑誌で、各メーカーの次期新作モデルなどが紹介され、そんな事も少なくなって、便利な世の中になった。しかし、このいろんなファッション雑誌には良いものもあれば悪いものもある。
  ある雑誌(仮にA誌、としよう)は、ハイテクブームの始まった頃に創刊した。この雑誌では、雑誌に載せたモデルをなんでもかんでも「超レア」「激レア」と紹介し、読者の靴に対する購買意欲を掻き立てた。この雑誌の提唱するファッションは、明らかにティーンをターゲットとしたストリートファッションなのだが、紹介するアイテムは、流行ものばっかりで、ブームの時期は毎回エアマックスばかり載せていた。他にも、ヴィンテージアイテム(スニーカーに限らず、ジーンズも)も紹介するのだが、とてもその雑誌の提唱するファッションを好むような年齢の読者が買える値段ではない。としたら、それを見て、エアマックスなどを欲しくなったローティーンは、どうするのだろうか。「マックス狩り」などの犯罪を犯した者の多くは、この世代の者が多い。
  私は、スニーカーに限らず、一時的な狂ったブームというのが起こってしまった要因の一つに、メディアの責任があると思う。A誌は、今では流行に遅れまいと、ハイテクスニーカーはあっさりと切り捨て、ヴィンテージ路線に走っているが、これでまた同じような記事を書けば、また一足の靴に信じられないような値段が付いたり、「マックス狩り」のような犯罪が起きるかもしれない。まあ、お目当てのヴィンテージモデルを探すという行為はそれなりに経験が無いと難しいことだが。
  メディアというものの力は恐ろしい。A誌がハイテクスニーカーを取り上げなくなった時期から、「超レア」「激レア」と紹介したモデルのほとんどが値下がりした。なぜなら、その雑誌が紹介したモデルは、本当は全然レアではなかったからだ。当たり前である。普通の現行モデルまで「超レア」と書いてしまったのだから。日本のショップの力が強くなった今では、別注だのなんだのと騒いでも、現行モデルでは「レア」と呼べる靴は少なくなった。「レア」という言葉の重みをその雑誌は消してしまったのである。「こんな靴が超レアなら、俺の持ってる○×△は、『超ウルトラスーパー……レア』ってことになるなあ」とA誌を見て笑ったブーム前からのマニアも多かっただろう。

  ここで、良いマニアになるための、正しいスニーカー選びを紹介しよう。

1、雑誌に惑わされるな!
   雑誌に発売されたばかりのモデルが「超レア」などと書かれていたら、「ああ、それだ け多くの人がその靴を買うんだなあ」と思った方が良い。当然、多くの人が持ってる物は、「レア」とは言わない。マニアなら「自分だけの一足」を手に入れるべし!あと、見る雑誌は選ぼう。先ほど述べたように、何でもかんでも「超レア」「激レア」などと書く雑誌は読まない方が良い。雑誌に書いてあることを信用しすぎちゃダメ。間違った記述も結構ある。雑誌はあくまでも、カタログ的な見方にとどめておくこと。

2、マニアなら流行モノは履くな!
   マニアが普通の人でも履いてる靴を履いて「マニア」に見えるわけが無い。たとえばエアマックスなどの現行品は、普通の人が履く前に並行輸入などで手に入れて履くか、発売から時間が経ち、その靴を履く人がいなくなって、忘れ去られた頃に履くかのどちらかにするのがマニアの履き方。今トータルマックスやシューマッハを履いても街で振り向くのは普通の人だけで、本当のマニアなら見向きもしない。マニアならショップの人にじろじろ見られるようなスニーカーを履くべし!

3、安く手に入れてこそマニアだ!
  「この靴、〜万円もしたんだぜー!」などと自慢する人は本当のマニアではない。芸能人でマニアと呼ばれている人の中にもこんな人はいる。高い値段でものを買うことなんてお金さえあれば誰にでも出来る。プレミアモデルをいかに安く見つけることが出来るかがマニアの腕の見せ所である。どうせ自慢するなら、「いいだろー、このスニーカー。でも安く手に入れることができたんだ。」と言うのが正解。

4、独自のスニーカー観を持て!
  自分の好きなモデルについて、どうして好きなのか言えるだろうか。「カッコイイから」とか、「流行ってるから」なんて答えるのは愚の骨頂だ。自分の好きなジャンル(たとえばランニング系、とか)がはっきりしてて、「この辺りのモデルには強いよ。」とか、こだわりを持ってる人は、相当スニーカーが好きな人である。いつまでも格好だけでスニーカーを選んでいれば、そのうち飽きる。自分だけの得意分野を持つと、スニーカーの奥の深さに気づくはずだ。

5、気取って「スウッシュ」なんて言うな!
  アメリカ人の発音にあわせると、「スウォッシュ」より「スウッシュ」が近いらしいが、ここは日本。昔から「スウォッシュ」で通ってきた。最近のブームに乗ってきた新しいマニアは、雑誌に書いていることを鵜呑みにして、気取って「スウッシュ」などと言うが、雑誌に載るような大御所マニアにそう呼ぶ人はいない。近年創刊した雑誌達がスウッシュなんて書いても、老舗のBoonだけは「スウォッシュ」って書いてるでしょ?レストランに行って、「カフェください」なんて言う?普通は「コーヒーください」だよね。