名誉演出家 ヴィンフリート・バウエルンファイント
         (Winfried Bauernfeind)


1961年、ベルリン・ドイツ・オペラに演出助手として契約。カール・エーベルト、カラヤン、ヴィーラント・ ワーグナー、ゼルナーの下で、ベルリン、東京、メキシコ、ザルツブルク音楽祭等で演出助手をする。
1966年以降、演出家として活躍し、又ベルリン・ドイツ・オペラのオペラ研究所の所長も務める。ザル ツブルク・モーツァルテウム、ベルリン音楽大学講師。
1972年以来、ベルリン・ドイツ・オペラの首席演出家をつとめる。フランクフルト、ハノーバー、ブリュッ セル、コペンハーゲン、ローマ、シュヴェッツィンガー音楽祭等、ヨーロッパのオペラ劇場で、数多く演出。 「セヴィリアの理髪師」「フィガロの結婚」「仮面舞踏会」「パリアッチ」「ラ・ボエーム」「売られた花嫁」「カリ スト」「皇帝ティトの慈悲」「プロイセン物語」ウィルヘルム・ディーター・ジーベルトの「タイタニック号の沈 没」のベルリン、ロサンゼルスでの初演等、50本の演出をする。オペラのみならず、テレビのショー番組 の演出もしている。
1983年、25本目の演出「ウィンザーの陽気な女房達」は、特に大きな成功を収める。
1984年ベルリン夏の音楽祭で最も重要な演目の一つとして、ベンジャミン・ブリトゥンの「真夏の夜の夢」 の演出を手掛けて大成功を収め、1985年に再度上演された。
1985年〜86年にかけて、ベルリン、ハノーバーにて、自己の新テキストによる「ジプシー男爵」、「皇帝 と船大工」、ニュールンベルクで「売られた花嫁」等を演出し、批評のみならず、観客にも、大きな感動を与 えた。
1987年ベルリン750周年祭に於いて、siegesseuleで「Preussen ein Traum」を演出。
1987年〜88年、チャールストン、イタリアのスポレト等での音楽祭にも演出家として活躍。
1988年“ヨーロッパの文化都市−ベルリン”でWannseeスペクタクル「天国と地獄」の案出者であり、演出もする。
1989年首都オペラ旗揚げ公演(神奈川県民ホール、新宿文化センター)の際、ヴェルディ作曲「オテロ」 の演出、1991年には朝日新聞社主催で黛敏郎作曲「金閣寺」を演出もし、既に日本はお馴染みである。
1990年ミュンヘンのGartnerplatzの国立劇場での演出、10月2日、3日のベルリン国会前のドイツ再統 一祭の総合演出、台北でのオペラワークショップ。
1992年ランスベルクの城で「真夏の夜の夢」を野外で演出。
1993年にはヘルシンキで「ヘンゼルとグレーテル」、台北国際戯劇祭でオペラ「万里の長城」を演出。
1993年9月には再度首都オペラ公演「カヴァレリア」「パリアッチ」の演出、11月にはハンブルク国立オペラ劇場でアルベルト・ロルツィングの「密猟者」を演出。
1994年首都オペラ第3回公演「オテロ」。
1995年にはベルリン・ドイツ・オペラで「マルタ」、メルビッシュの湖上祭で「乞食学生」を演出。首都オペラ 第4回「万里長城」に引き続き、ベルリン・ドイツ・オペラで「パレストリーナ」、ラインスベルク城のフェスティバルでは、「Jahrmarksfest」の再演をする。
1996年、ジャンダルムマルクトでの野外オペラ「魔弾の射手」。首都オペラに於いて「トゥーランドット」。
1997年首都オペラ第6回「カルメン」、1998年第7回「椿姫」、1999年第8回公演「ラ・ボエーム」、2000年第9回公演「さまよえるオランダ人」、 2001年第10回公演「ホフマン物語」、2002年第11回公演予定「マクベス」。