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by spooky
一夜明けた朝。 青葉区の「喫茶ベルベットルーム」は閑静な住宅街の中にあった。 受付で周防刑事の名前を出すと僕達は広い個室に案内された。 案内された個室は青の世界だった。 少ない装飾品はすべてマリンブルーで統一され、床も壁紙も同じ色だ。 その部屋の中央の青いテーブルに周防刑事はいた。 180はあるモデルのような体形、きちんと撫で付けられた髪に 糊のきいたスーツと色付きのブランド物の眼鏡。 そしてエリート刑事の雰囲気を纏って。 「来てくれたか……」 「ああ久しぶりだな高校以来か。それで情報というのは何だ?」 「いきなりだが僕は君の屋敷が襲われた事件の捜査をしている。 それで君のパソコンを調べたらこんなメールが入っていた。 ……まだ見ていないだろう?」 周防はパソコンの画面からプリントアウトしたらしい紙片を見せた。 それにはこのようなことが書かれていた。 久しぶりだな桐ノ宮。ウェイだ。 これから先はこの言葉の意味が解らなかったら読まないでくれ。 「もう一つの世界を感じたことはあるか?」 ……解ったとみなして話すぞ。能力には目覚めたようだな。 いきなりだが実は暗黒準備委員会という奴等がお前を狙っている。 信じられねぇだろうが手前の女をつれて早く逃げろ。 お前の甥の裕也あたりにかくまってもらうといい。 奴は闇真言という退魔組織の一員だ。きっと役にたつはずだろう。 仲間を集めたら俺の所に来い。コシュウ共和国の首都、ナンガサクだ。 俺の住所は知っているな? そこに奴等の本拠地もある。(何かあやしい動きをしてやがる) これ以上の事は俺のヤサで話す。 それじゃあせいぜいがんばってくれ。 待ってるぞ。 「……というわけだ」 「俺達にそこに行けというんだな?ウェイのやつも能力者なんだろ」 周防は肯いた。ユカさんが続けて質問する。 「あの、闇真言ってなんですか?」 「「五大」組織も知らないのか?」 周防は驚いたように言い、誰も説明してやっていないのか?というように見回した。 僕はその視線に答えて説明する事にした。 (誰にも期待されてないが) 「「五大」組織とは「国霊」、「MM社」、「AMOS」「月刊退魔」そして「闇真言」です。 「国霊」とは「国家対霊特殊班」の事で、警察内の退魔組織です。 「MM社」は僕達退魔師が使うマジックアイテムを売っている会社で、 裏でそーとーエゲツない事やってます。 表向きは有名な化粧品会社ですけどね。ユカさんも知っているでしょう? 「AMOS」は退魔師の組合みたいなもんで シュンさんも入っています。 「月刊退魔」は退魔師の情報誌でここの情報網は業界No.1で、シュンさんの古巣ですね。 「闇真言」は仏教系退魔師の総本山です。裕也はここに所属しています。 ……こんなもんでいいですか?」 「あ、はい。よく……わかりました」 周防が話を元に戻す。 「……それでパスポートなんだがこちらで用意した。出国の手続きなんだが……」 その時壁が轟音と共に崩れ、土煙の中から声が響きわたった! 「ヒャーッハッハッハ!そこまでだぜぇ?手前の役は終わりだ! さっさと舞台から降りな!!」 土煙の中から現れたのは二つの影。一つは男、一つは女。 男は健一郎に似ていた。いや、生き写しといってもいい。 違ったのは灰色に近い顔色と異様に紅い唇。そして邪悪な眼。 女の方は…… 女?女と言えるだろうか?いや人間とさえ言えないかもしれない。 下半身が大蛇で背中に烏の羽が縫い付けられ、両手に巨大な鉤爪が生えている物を。 そしてその顔は…… 「れ、玲子さん……!そんな…ひどい……」 健一郎は吐き気をもよおしたようにかたまっている。 「う……ぐぅ…くっ!玲子……すまない……」 周防が銃をかまえて叫ぶ。 「杉ノ原藤一郎!その人を離せ!」 「バ〜〜〜カ!こいつの女だぜぇ!?」 「正もお前がやったんだな?」 健一郎が問う。 「ああ!いいプレゼントだったろぉ!?くひゃははははははは」 それが合図だったかのように全員がかまえる。 「自供成立だな、霊法134条、人体の不正改造罪で確保だ!」 周防は銃を撃ち、 「……ほな行こか」 裕也が剣を構え、 「死んじまえ!」 シュンが雷球を放ち、 「ちっくしょうめが……!」 僕は聖水をかける。 しかしそれらは一瞬のうちに出現した砂でできた人形たちに阻まれ、 唯一それらを回避できた裕也もラミア(半蛇半人の大蛇)と化した玲子に捕まる。 「邪魔すんじゃねえ!てめえらはそいつらの相手でもしてろぉ!」 藤一郎は健一郎に向き直り言った。 「さぁてと、それじゃあ楽しもうぜぇ!亜空間、空絶陣!」 藤一郎の足元から黒い布状の物が現われ、健一郎、ユカ、藤一郎自身を包み 巨大な繭になった。 @亜空間 空絶陣内 ユカ+健一郎対藤一郎 そこは外からは想像もつかない空間だった。 禍禍しいほどに澄み渡った空の中に符(おフダのことね)でできた「島」があり、 その上にも符が浮いている。そしてこの「島」の上に三人はいた。 「どうして…あんなひどい事を……」 「どうしてぇ!?楽しいからにきまってんだろぉ!他にあるか?ええ?」 藤一郎の邪悪な思念に吐き気をおさえながら健一郎は言った。 「あいつとは……もう別れた、もう関係ないはずだ」 「カンケー大アリだ!あんたの女だったもんな!」 「それよりよ、自分たちの心配してたほうがいいんじゃねぇか?」 その言葉と共に彼の背中から真っ黒い天使のような翼が生えた。 藤一郎は黒い翼で飛ぶと空中にある符をつかむ。 符は黒く変色すると弓の形になり藤一郎はなぜか矢をつがえずにその弓を引く。 「逃げ惑え!ヒャーッハッハ!!!」 「……?」 奇妙な音が響き渡った。 びっっっぎいいいいいいいん!!!!! その音に導かれるように空中に紫で棒状の光の塊が現れ健一郎たちにむかう! 「ユカ!逃げろ!」 健一郎はユカの手をとって「矢」を避ける。 「ヒャッハァーーー!!それそれぇ!!!!!てめえはブッ殺して 女は犯してやらあ!ひゃははははは」 さらに藤一郎は「矢」を連射する。ちょうど狩りを楽しむかのように。 だが彼は大切な事を忘れていた。この獲物は相手の心が読めるのだ。 「ユカ、すぐに終わるからここで待っててくれ!」 「は、はい!」 健一郎は「ワイヤー」をのばして藤一郎の近くの符にしがみつくと 掃除機のコードをちぢめるようにして昇っていった。 さらに「ワイヤー」を依り集めて剣の形にする。 彼の剣が藤一郎を突く寸前、藤一郎はにやりと唇を歪めた。 相手が罠にかかったように。 だが健一郎もそれを見逃さなかった。 ……何かがおかしい? 健一郎が後ろを振り向くのと後ろにいたもう一人の藤一郎が「矢」を撃つのは同時だった。 「うわ!?」 あわてて健一郎は防御するが地面に落ちてしまった。 「ご主人様、大丈夫ですか?!」 「ああ…なんとかな。だがこれは……?」 二人の藤一郎はにぃ、と笑うと「矢」を何発も撃ちこむ。 「あぶない!」 藤一郎の「矢」が当たる寸前に ユカと健一郎の周りにブナの木が生えてそれをさえぎった。 ユカが能力で生やした物だ。 「やるじゃねぇか!でもこれならどうよ?」 藤一郎が言うのと同時に周りにあった符が十数人の藤一郎の分身になる。 「なに!?」 「ご主人様……?」 「囲まれちまったなあ!?ええ?!健一郎さんよぉ?」 @現実空間 ベルベットルーム 裕也 そのころ僕達5人も苦戦していた。 5人?5人だ。あのあと二人の人物が入ってきたのだ。 一人はワカメのような頭をした大男で顔はごついがととのっている。 彼は藤一郎の開けた穴から入ってくるなり玲子の手をなぐって裕也を解放しこう言った。 「…ム……お前一人だけで汚れ役をする事はない……」 「まにあいましたね。ジンさん」 「ジンさん?シュンさんの知り合いですか?」 「うん、きのう助っ人を頼んだんだ。まにあってよかった。それじゃあ 玲子さんは頼みましたよ、僕らはこの砂をなんとかします!」 そして入ってきたもう一人は周防刑事の前にいた。 砂漠遊牧民が着るようなゆったりした白い服を着ている男で、 インド系のオリエンタルな顔をしている。 彼が砂を操った張本人、イラーハだ。 名前は彼が空中から現れ名乗ったのだ。 「私の名はイラーハ。「砂風」のイラーハと呼ばれている。 「デリーター」シュン「ゴースト」照良博士、「火式」の周防刑事、 恨みはないが、勝負だ」 @現実空間 照良+シュン+周防対イラーハ 「行くぞ」 イラーハの声が合図だったかのように 僕とシュンさんの周囲に大量の砂の人形が現れた。 等身大で顔には指でつついてつくったような単純な目と口があり、 猫背でふらふらしている。 無気力な人間と元気なゾンビの中間のような動きで迫くる。 あまりに数が多いため僕とシュンさんは自分の身を守るのがやっとだ。 唯一それをかいくぐれた周防刑事はイラーハと対峙している。 彼の前には僕達を取り囲む砂人形の思いきり大きいヤツが構えている。 「使い魔か……それなら僕も式を出そう」 彼は高級そうなスーツから一枚符を出すと咒を唱えた。 符は咒が唱えられるとともに浮かび上がり、やがて焔にに包まれ、人の形になった。 漆黒の鎧武者。現れた式神はそう言うのがふさわしい姿をしている。 砂の巨人と漆黒の鎧武者が北欧の神話のような雄大でどこか牧歌的な戦いを始めた。 @再び亜空間 一方亜空間の健一郎たちは苦戦していた。 「ヒャッハァーーー!!ガードしてるだけだと死ぬぜ?おい?!」 健一郎とユカの周りには彼女が能力で生やした太いブナの木が 幹がサボテンのようになるほどびっしりと藤一郎の矢を受け止めていた。 「ほらほらほらあ!!!ヒャハハハハァ!!!!!」 分身の一体がひときわ大きい矢を放つ。 「ヒャッハーーー!!!」 ベキィ!! ユカを守っていた木が倒される。 「きゃあ!」 「ユカ!!」 健一郎はワイヤーでユカを引っ張って安全な木陰に連れ戻す。 そして余った数本で空にいる藤一郎を攻撃する。 「ぐエっ!」 「うわギエッ!!」 「ヒャハーーー!!!」 だがしかしそれはどれも分身だ。やられると人の形を失い符に戻る。 そして相変わらず藤一郎の分身たちの攻撃は続いている。 「ひゃはははははバ〜カ式神だよ!本体はオレだね!!」 その一体もワイヤーに頭を貫かれて符に戻る。 これも分身なのだ。 「ヒャッハァーーー!!」 他の分身が矢を放つ。 ベギベギベギ…… その矢でさらにもう一本木が倒されると、 そのすぐ横から新しい若木が何本か成長して元通り補充された。 「けふっ!!」 ユカが血を吐いた。 「ユカ!大丈夫か?!」 健一郎はほとんど悲痛とさえ聞こえる声を出した。 「大丈夫です……ここでがんばらなきゃだめなんでしょ!?」 彼女は力を使い過ぎたのだ。 この手の能力というものは使い過ぎると身体か精神にダメージが残る。 「ああ……安心しろすぐに終わる」 彼はむしろ自分に言い聞かせるように言った。 「はい……」 「ヒヤハハハハハハハ!!手前が死んでな!!!」 藤一郎たちが弓を引く。 「いいや死ぬのはお前だ」 「じゃあどれが本体か解るかよ!?」 「ああ。お前が本体だ!」 そう言うと健一郎は藤一郎の一体を攻撃した。ワイヤーが彼の体に刺さる。 分身たちの動きが止まり、攻撃された一体を残して全て符に戻った。 「……なんで…何故だァ……?」 「教えてやろうか?まず俺はお前に攻撃されている時に 攻撃頻度の少ない奴をマークしていた。本体自身で攻撃するのはさけるはずだからな…… 次に俺が攻撃する時に真っ先に避ける奴を探した。これで可能性のある奴は 数体に絞られた。最後にお前の分身を攻撃した時に心を読んで確認をとったわけだ」 「ちっ。しくったな、まあ今回は死んどいてやるぜ? だが次は二人まとめて内臓ズル出してやるかんな!!! ヒ……ヒャハ、ヒャハハハハ!!!!!」 そう言う藤一郎の身体がみるみるうちに蒼い焔に包まれ灰燼になっていく。 「くっくっくっ……ヒャハハハハハ!ヒャーーーーーハハハハハハハハ!!! ヒャーーーハ…ハ…ハ………」 やがて彼の造った亜空間も塵に帰り、二人は現実空間に帰ってきた。 @現実空間 僕たちもあらかた決着がついていた。 裕也の方はズダボロになった玲子が細いワイヤーに縛られて気絶している。 これは刀を変化させたものだ。 僕達の方は僕が聖水を振り回し、 シュンさんがいつもの野球ボール大ではなく ピンポン玉大の雷球を使ってマシンガンのように 攻撃していたおかげで砂人形は残り数体にまで減っていた。 おじさんたちも亜空間からの脱出に成功したようだ。 「さあどうする!?イラーハ。もう仲間はいないぞ!!」 イラーハの砂の巨人は周防の武者に手を斬られてうめいている。 「アギョオオオオオオオオオ」 悶える砂人形と対照的に表情一つ変えないでイラーハは言った。 「仲間に頼る位なら初めからこの場にいない」 周防が銃を構えて言う。 「だがお前が不利な事にかわりはない。……降参しろ!」 「そうだな……確かに私は不利だ。ならば「こう」しよう」 イラーハが手を振ると床が崩れ落ち、流砂になった。 「なにっ!!」 「全てを飲み込む流砂だ。お前たちはここで死ぬ」 「いいや俺達は死なない」 そう言うと健一郎はワイヤーを使って全員を引き上げた。 さらにワイヤーのもう一方を照明に括り付けてネットを作った。 だが周防だけは別だった。 彼は沈みかけたテーブルの上に飛び移り、なおも式神を操っている。 「周防!お前も早くネットの上に来るんだ!」 「いや、僕らはここに残る。君たちはナンガサクに行け!!」 そう言うと彼は全員分のパスポートと旅券を投げた。 おじさんはそれを受け取る。 「周防……だが!」 ユカさんと交わることで優しさと裏を返せば甘さを身につけた彼には 周防刑事を見捨てるという選択はできないようだ。 「迷っている暇はない!早くしないとこいつがまた何かする!!」 「そのとおりだ」 そのイラーハの声と共に部屋の壁全体が漆喰のように砂に覆われた。 「くっ!!」 周防刑事が銃を構え、入り口のあった方に放った。 ヴィイイイイイイイイイン……… 着弾した点を中心として球状で闇色の「場」が形成される。 まるで小型のブラックホールだ。 バキバキバキ…… 「場」はその中にある物全てを飲み込みながら直径3mほどに成長し、 フィイイイィィィィィィィィィン そして消えた。あとに残ったのは真円にくり貫かれた壁だった。 ちなみにこれは彼の能力ではない。 超破魔弾というMM社製の対化物用専用弾なのだ。 「さあ早く!その穴から出るんだ!!」 「でも……」 今度はユカさんが途惑う。 「はよう!急がへんと刑事さんの努力がムダんなる!!」 「…すまない周防……」 僕達はネットの上を伝って穴から脱出する。 「心配するな。あとで追いつく!」 「そうか。私に勝てればな周防刑事」 そう言うイラーハの言葉を聞きながら。 こうして僕達はナンガサクにむかう事になる。 きっとその先にあるのは戦いだけなのだろうけど。 :追記 ユカさんの能力の名前は「ダフネ」 健一郎さんの能力名は「スネークバイト」に決まった。 |
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