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『rocker and mystic』

by spooky 

                2章

『しとしとしとしとしとしと……』
雨が惰眠を誘うかのようにアルファ波な音楽を奏でている。
閑静な住宅街から少し離れた森の中に桐乃宮邸は老いた猫のようにどっしりとそこにいた。
「陰気な雨だな……あいつみたいだ」
この館の主で僕――照良博士(てるらひろし)――の叔父、桐乃宮健一郎はつぶやいた。
20歳前後半で、優男だが体格は標準よりいい。
洞察力が凄くて人の心を読むのが得意と言う変わり者の上に、
この手の金持ちに多い、人付き合いの苦手な人格破綻者だ。
(もっとも僕も人の事は言えない)
まあその性格も“彼女”によってかなり改善されたようだが。
「御主人様、それってこのまえの方のことですか?」
そう言って声をかけたのは“彼女”、肩までかかった栗色の髪が美しい、
メイドにして彼の愛人ユカさん(こまったもんだ……さらに純愛だし……)。
「ああ……もう帰ったのか?」
「はい、さっき帰られましたよ、でもなんかヘンな人でしたね」
銀の盆を後ろに回しながら答える。
「そうだな。でも昔はあそこまで変なやつじゃなかったんだぞ。
頭がよくて、科学者になるかと思っていたんだけどな。よく本を貸してやったもんだ」
(うっ痛いところを……)。
「そういえばずっと図書室と倉庫におられましたね」
(人は変わるものなんですよ、叔父さん。あなたがたにはわかるっしょ)。
「ところで何の用事だい?」
「えと、こんな物があったんですけどその方のお荷物でしょうか?」
そう言って取り出したのは携帯ゲーム機だ。
彼はなぜかそれが無性に気になった。
以前の彼なら躊躇わずにいじっただろう、しかしメイドから
人を信じることを(それ以上に愛を)学んだ彼には罪悪感が多少ともなったが
今は好奇心の方が勝ったらしい。
「ああそうみたいだな、……ちょっと見せてくれないか」
「えっ、どうぞ……御主人様」
ユカが自分がこんな物に興味をしめしたことを不思議がるのをさっして
彼は答えてやった。
「いや、あいつがやるゲームはどんな物かなと思ってな、ユカもみるか?」
ユカは勝手に人の持ち物をあさるのはいけないことですと言おうとしたのに
なぜか口が勝手に動いた。
「は、はい……あ……ここがスイッチじゃないですか?」
(え?おいまさかそのゲームをしようってんじゃないすよね…)
彼の指がスイッチにかかる。
(おい……それは……おいっ!! だめだ!!!
やめろ……
やめろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーっっっ!!!!!!!)

驚愕。
僕はタクシーの中で目覚めた。
目が覚めてくるのとともに僕を囲む事実を思い出してくる。
たしか僕はおじさんの家にあるモノを探しにいったんだ。
そしてその帰りのタクシーで寝てしまっていたのだった。
すると今のは夢だったのか、いや僕はあれが夢では無い事を知っている。
運転手が怯えた目で僕を見ている。
どうやら夢を見ながら叫んでいたらしい。
僕がおじさんの家に戻るように言おうとしたその時、
場違いにのんびりとした電子音が鳴った。
携帯電話だ。
「……はい照良ですが」
「照良君かい?シュンなんだけど大変な事になったんだ、
“鬼人”と“血刀”が動いたらしい。今、君のおじさん家にむかっている。
何か心当りはあるかな?」
「ええぇ!? マジですか? 今そのおじさん家に行ってんすよ!
すいません! じつは“リアルヘブン”をおじさん家に忘れてきちまったんです。
たぶんそのせいかと……すいません……これからどうしましょうか?」
「とりあえず乗り物を止めるか降りるかしてこっちにきてくれないかな」
僕は運転手にタクシーを止めるように言うと五千円札を投げた。
「止めました。それじゃそっちに……」
僕の体は電光に包まれる。
「お客さんお釣!」
そう言って運転手が振り返るとそこには何もなかった。
彼の悲鳴を微かに聞いたような気がする……

「おかしいなこのゲーム……タイトルが出たっきり消えてしまったぞ、
壊してしまったかな……」
「へんですねぇスイッチをいれてみたらどうでしょう?」
RRRRR……
健一郎とユカの会話をさえぎるように電話が鳴った。
「あ、電話です。私とってきますね」
そう言って部屋を出るユカ。
「ああ」
健一郎はユカを見送るとまたゲーム機をいじりはじめた。
「はい桐乃宮です。」
地の底から、あるいは冷たい湖の底の泥土から
浮き上がったかのような女の声。
「………………くるえ」
「え?」
聞き返すユカ。
「くるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえくるえ」
「ひっ……いやああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!!」
受話器をなげる彼女。
「どうした!」
悲鳴を聞きつけた健一郎が駆けつける。
「なんでもないです……いたずら電話みたい……恐かった……」
「そうか……大丈夫か?」
「はい、もう大丈夫です」
「そうか、それでどんな電話だったんだ?」
「それは……」
「くるえ」
「……今のユカか?」
「いいえ……」
怯えたように答える。
その時ふいに後ろから声がする。
「くるえくるえくるえくるえくるえくるえ」
「なに!?」
後ろを振り向く健一郎。
そこに“それ”はいた、
全身に青痣をつくった全裸の女が。
彼女は黒い骨のような受話器を指が白くなるくらい握り締め、
虚ろにくるえくるえとつぶやいていた。
黒いコードが尻尾のようにぶらぶらと揺れている。
二人とも声が出なかった。
女はすさまじい顔でにらむと、口からごぼりと黒い油のような物を出して
霞のように消えた。
「何だったんだ……」
彼は呆然とつぶやき、ふるえるユカを抱き寄せる。
それに答えるかのように玄関の呼鈴が鳴る。
ユカがビクッとそっちを見る。
執事が出迎える声が遠くでする。
銃声。
執事の声が悲鳴に変わる。
「今度はなんだ?」
「教えてやろう」
ドアが開き声の主が現れた。
セミロングの冷たい美女。
小夜子だ。
今日はタイトスカートを履き、黒い皮のジャケットを着ている。
「桐乃宮健一郎だな? あなたを迎えに来た。
ついてくれば教えよう。この世の全てを、さっきの女の事も。」
「お前は誰だ!?」
「申し遅れた。私は暗黒準備委員会実行部の西野小夜子と言う者。ついて来てもらおう」
「いいやそうはさせない」
電光と共に現れたのは、僕と痩せた色白の青年だ。
青年の方は顔にどこか思いつめたような影があり、白い髑髏を思わせる美形である。
よく見ると右腕が無い。
「何者だ……名乗れ」
「浮浪通信……いや、壽来超常現象研究所所長、都築瞬(つずきしゅん)」
「同じく照良博士」
「ほう、お前等か……面白い……何の用だ」
「それはこっちが聞きたい事だよ。あの魔術具……いや彼らの事かな?
目覚めたばかりの能力者をスカウトする理由なんて無いんじゃないか?」
「答える義務はない」
僕はさっきから気になっていた事を言ってみた。
「……ひょっとして、おじさんの能力の事では? サトリ……いや水晶眼とか」
小夜子の冷たい美貌が少し歪む、図星だったようだ。
「水晶眼? なんでそんなことが解るんだい?」
「おじさんには昔からそうゆうところがあった……
いえ、人の心を読めるらしいので、たぶんそうかと」
「どうなんだい、ちがうかな?」
「……」
肯定の意味らしい。
「だからなんだと言うんだ? 私が彼を連れて行く事に変りは無い。」
僕が言う。
「そうゆうわけにはいかないんですよ、悪いけどこの人には義理とか
責任みたいなのが色々あるので……」
「もりあがっているみたいだね。でもそんな面倒臭いコトしてないでサ、
これ使えばいいじゃない。小夜子サンだってもう用意してるし」
部屋の入り口から学生服の男、小島が銃を持って現れる。
「……話し合いは無理みたいだね照良くん。」
「なら……どうする?」
小夜子が言う。
「きまってるじゃないサ」
「マジですか? まあしゃあないか……」
「くすくす……願わくば……」
鈴を転がすような声で小島が言う。
おじさんたちは呆然としたようにこの展開を見ている。
四人の来訪者は同時に言った。
「存分なる死闘を。」
ふふふふふ………
ククククク……
ふっ……
あはははははは……
乾いた笑い。
そして刹那の沈黙。
小夜子は胸からロザリオを取り出す。
シュンさんの失った右手に電光が集まり“義手”になる。
僕は首を掻っ切る仕草をしてやった。
「来い!! 僕が相手だ!!!」シュンさんが言う。
その瞬間、僕とおじさんとユカさんの体が電光に包まれ、電話機に吸い込まれた。

僕とおじさんは気がつくと館のガレージにいた。
僕はガレージから必要な物を取るとおじさんに言った。
「おじさん運転できますか!?」
「ああ……だが一体なんなんだ!?」
「くわしい事は車で! ユカさんも来てください!!」
「え!? は……はい!」
「急いでここを出るんです! とにかく遠くにいかないと……」
上のほうで破壊音がした。
おじさんはキーのついた車に乗るとエンジンをかけると、ユカさんもすかさず
ガレージのシャッターを開ける。
このへんはさすがに息があっている。
思わず感心してしまった。
僕とユカさんが乗り込むと車は発進する。
数分後車は国道に出ていた。
「お前は何を知っているんだ!? 全部話せ」
ユカさんが心配そうにおじさんを見ている、おじさんは目で“大丈夫だ”
と言ってやると視線を僕に戻した。
「……わかりました……話さなきゃいけませんね、ただ信じてくれるかなぁ?」
「それは俺が判断する事だ。」
「そうすね、それじゃあ、まずこれを見た方がいいでしょう」
そう言うと僕はフロントガラスから外に身を出した。
ガラスは割れていない。
要するに僕はガラスを通りぬけているのだ。
「……!」
「手品じゃありませんよ、ほら」
そう言うと今度は座席に手を突っ込んで手を握ったり開いたりしてみた。
「サイキック……超能力です。ここまでいいですか?」
「御主人様……見ました?」
「ああ…見た……わかった。信じるよ、本当にこんなことがあるなんてな……
それでこれが今起こっていることとどうからんでくるんだ!?」
「まあ待ってください、この世には紙の表裏のように存在する〈語り得ぬ世界〉と言う
パラレルワールドがあります、これは普通の人間の脳では絶対に認知不可能です、
認知するようにできていないと言うか……たとえば私たちはこの話をする時によく
コンピュータにたとえるんですが……人の脳をコンピューターのハードとすると
それに応じたOSが入っています。そのOSに対応しないプログラムは
認識できませんよね、ちょうどwindowsがMacのプログラムを読み込めないようにね、
それが〈語り得ぬ世界〉です」
「目や感覚器が探知できないと言うわけじゃなく、脳が認識できないというわけか?」
僕は話が順調に進んでいるようなので安心した。
「ああそうです、わかりますか」
「しかしそれなら無いも同然ということにならないか?」
話はますます順調に進んでいるようだ。
「ええ、そうですそうです、でも例外もあるんですよ、ほら認識できないプログラムを
無理やり読み込むと文字化けするでしょう?それが超常現象ですよ。
あのゲームはその〈語り得ぬ世界〉への扉を開く物だったんです。
幽霊とか見ませんでした?」
「幽霊……そう言えば電話を持った女の人がでました」
「ああそうでしょうねえ」
「それじゃあ、あの二人組はなんなんだ、まさかあれも幽霊じゃないだろう?」
「ええと、それにはまず世の中には〈語り得ぬ世界〉を感じたり見たりする事が
できる人間がいるってことから話さないと……」
「? 人間には認知できないんじゃないか?」
「ええ何と言うか例外もあるんすよ。具体的には脳の構造が少し普通と違う人です、
僕やあなたたちのようにね、ほら僕、頭がアレだったでしょ」
「お前はいいとして俺とユカが? どうゆうことだ?」
「いや頭がアレかどうかって事じゃなくてですねぇ、少なくとも〈語り得ぬ世界〉
を人よりも感じやすいことはたしかだと思いますよ。
僕やおじさんが人付き合いが苦手なのも脳の構造が少し人と違うせいもあるんです。
ほらたとえばおじさんは人の心を読めたりしませんか?
あるいは世界からの悪意を感じた事は?
ユカさんの場合は関った人が癒されていくとかね」
深い深い絶望を味わった事があるとゆう事もね、と心の中で付け足した。
「なんでお前がそんな事を知っているんだ!?」
「僕は千里眼もつかえるんでね……」
「……まあいい、それであいつらは能力者の素質のある俺を奪いに来たというわけで、
お前はそれを千里眼で見てここに来たんだな。」
「大体そうです、てゆうかもうおじさんは能力者になってると思うんですがね、
素質のある人が超常現象に会うと能力者になってまうんです
……見たくも無い物が見えたりしてね………
………こんなことは不幸しか起こさないと思うんですが……
それにまきこんでしまったのは……本当にすいません……」
……ラジオからハードなロックが流れている。
……後悔が少しはまぎれていく………
それに今の気分にぴったりだ……これから殺し合いをするために
車を走らせている気分には……
「……それと分かっているかと思いますが彼らはユカさんを殺す気です」
「だろうな……あの女がユカを見た時ほんのわずかだが殺気とゆうやつがあった
だからお前等が来たんだろう?」
「ええまあそうです、あの小夜子って人は委員会――あ、これは彼らの組織です――
の中でも指折りですからね、そうとうあちらさんも気合はいっていますよ。
ちなみに能力は“血刀”と言いまして、かまいたちと血を操れます」
「お前の能力は千里眼と幽霊みたいに物を通りぬけることか」
「ええ“ジェントリーウィプス(静かに泣く)”っていうんですけどね」
「それでこれからどうする?」
「そうですね……とりあえず安全な所まで行けたらいいんですが……」
その時バックミラーを見たユカさんが叫ぶ。
「いやっ! なにあれ!?」
後ろを見ると、大きな血の塊がトランクの上に乗っている。
……どうやら小夜子さんが追いついたらしい。
もうすぐ戦いになるだろう。
ラジオの音が遠くなっていく……そして血管にブルーブラックインクが流れる
この邪悪な感じ……
この事にかかわり始めてからたびたび感じる……
死のニオイ……
…悪くない……
「やれやれ困ったなぁ……くっくっくっ……久しぶりに……」
昏く黒い笑い
「楽しいや♪」

健一郎がガレージに飛ばされたころ館ではこのような会話がされていた。
「彼らを電話線の中に“転移”させたか……抜け目無い奴」
「流石だね、もうお見通しか……まあ後は彼がなんとかしてくれるだろうからね」
「だが分かっているのか? “ロイヤルハリビア”の二人を相手にどうするつもりだ?」
「それは大丈夫だよ、君こそ彼らを追いかけないでいいのかい?」
そうなのだ、シュンは小夜子が自分よりも健一郎を追うほうが先だと分かっていて
時間稼ぎをしているのだ。
「そんなの簡単だよ、小夜子サンここは僕に任せてくんない?」
「……いいだろう、だがあまり遊び過ぎるな」
「OK解ったヨ早くいったら?」
その言葉の返事を言う前に小夜子の体は赤い霧になって消えた。
「さァ邪魔なオ姉さんも消えた事だし……始めようか!」
そう言うと狙いもさだめず銃を撃った。
シュンは車がガレージから出るのを見届けるとサッとよける。
とたんに後ろのマホガニー材の棚が巨大な肉食獣に齧られたみたいに破壊された。
それに振り向きもせずそのままの勢いでシュンは小島にむかって跳び、
電光の腕で殴りつける。
小島は銃を盾にして軽く受け流すと後ろに跳んだ。
シュンが追討ちをかけるように二発三発とジャブを繰り出していく。
小島はアクロバット選手のように空中で体をひねると片手でバク転しながら
もう一方の手で銃を撃った、たてつづけに三発。
弾丸が陽炎(かげろう)のような物に包まれ、それは人の形を成してくる。
いや人ではない、鬼だ、頭に角がある。
陽炎でできた三匹の鬼はある種の深海魚のように目を光らせながら
シュンに襲い掛かる。
彼は初めの二匹をよけて、残りの一匹を殴った。
二匹は後ろの壁を削り取り、最後の一匹はシュンに殴られ電光に消された。
いや消されたのは鬼だけではない、シュンの腕もなくなっている。
「やるねえオ兄さん」
「君こそ片手でシングルアクションの銃を連射するとはね、
能力は弾丸を媒介にして鬼を操る能力かい?」
「御名答。もっと言うと今使っているのは
僕の能力“鬼弾”の内のシングルアクションアーミー“逢魔”で
一番始めに当たった物を喰らうんだ」
小島は新しいオモチャを自慢する子供のように言った。
戦士が自分の能力を明かす場合は基本的に二つだ。
一つは話してもまったく関係ないほど強い能力でそれをちらつかせて脅す時。
もう一つは……楽しんでいる時だ。
血みどろの戦いを。
相手を屠る事を。
獲物の……そして自らの血と、悲鳴と、苦痛を。
それすら戦いの快楽にしてしまう時……
彼の場合は完全に後者だろう。
「楽しくなってきたね! どんどんいこう!!」
シュンの腕が再生し、戦いが再開される。
小島の銃が三回火を噴き、鬼が現れる。
三体の鬼は二体がそのまま進みもう一体は横から迫る。
バン!!
横から行った鬼は拳に砕かれる。
バリィ!!!
そのまま進んだ方はカウンターの肘に。
三体目はよけられた。
後ろの壁を破壊する。
「無駄だよ。それにもう弾も無いはずだ」
再び腕が再生する。
「そうでもナイよ」
懐からショットガンが出る。
だがシュンの方が素早かった。
彼の拳が小島の胸を抉る。
しかし小島はまったく気にせずショットガンを撃った。
あまりに至近距離から撃ったせいか、ショットガンは外れた。
外れなかった。
無数の散弾は空中でクリオネのような形の小鬼になるとシュンに襲い掛る!
「なっ!?」
シュンの体が吹っ飛ばされて小島から離れる。
彼は体勢をたて直すと言った。
「くそっ……その不死身性、鬼を体に降ろしているのか……」
「そうだよ! でもそれが解ったからってどうするのサ!!」
小鬼が襲い掛かる。
どうやらこの鬼は敵に当たった後でも残るらしい。
「くっ!」
何体かは叩き潰したが残りの鬼はシュンに体当たりする。
「まだまだ!」
さらに小島はショットガンを撃ちまくった。
「まいったな……何体か潰してもまるでダメージが無いぞ……だが威力はさっきの鬼より
弱いようだ……」
「そんな事言ってないで反撃したら!?
………ほらもっと苦しんでヨ……
…ほらもっともっとボクを苦しませてヨ……
もっとキモチよくさせてヨ!
お礼に殺してあげるからサ!!」
シュンは小鬼に壁際まで追いつめられてしまった。
「……これで終わりかい?」
「……お前がな、クソ野郎!!」
シュンの手は崩れた壁から出た電線を握っている。
彼の右手に電流が集まり2メートル程の光球になる。
「しまっ……」
光球が放たれ、小島を直撃する!
小島が吹っ飛んで倒れるのを確認するとシュンは言った。
「やれやれ……なんとか勝ったみたいだ……さてと、照良くんは大丈夫かな?」
そう言うとシュンは電話線の中に消えた。

シュンが消えてしばらくすると小島はゆっくりと起き上がった。
「……っ」
俯いている。
落ち込んでいるのか?
……いやちがう笑っているのだ!
「……くくく……あははははは! 最高だヨ!! さすがはシュンさんだ! このボクが
しくじるなんて! こんなに殺りがいのある仕事なんてひさしぶりだネ!!!」
後ろから声がした。
「警察だ! 手を上げろ!!」
銃声を聞きつけて誰かが通報したらしい。
「……さっきは殺し損ねちゃったからちょうどイイかなぁ?」
小島はにぃと笑った。
とても邪悪に。
天使のような顔で。
……館にはしばらく悲鳴と銃鬼の笑い声がこだました。

や、やめッ!
あははははははははははは!!!
ぎいゃああああああああ!!!
助けて…! い、いいやだああああああああああ!!!
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!

その少し前、僕とおじさんはあわてていた。
なにしろ車の後ろに血の塊となった小夜子さんに張り付かれていたからだ。
おまけにガソリンまで無い、どうやらタンクに穴を開けられたらしい。
「……うーむ……これはあんまりやりたくなかったんだけどなぁ……」
「何か策でもあるのか!?」
「ええまあ、あるといえばあるんですが……とりあえず準備しますね。」
そう言うと僕は印を結んでカバラ十字を切り始めた。
「エモール・ディアル・ヘクテガー……」
僕の周りに白い火の玉が出現して時計回りに回ると僕を包み、消えた。
「わぁー、すごいですね。」
ユカさんが驚いたような声をあげる。
少し得意な気分だがこれからやることを思えばそうも言ってられない。
「それで次は!?」
「全員シートベルトをして下さい。」
おじさんがぎょっとしたように僕を見る。
何をするか解ったらしい。
さすがだ。
「お前まさか……」
「え?何をするんですか?」
ユカさんは気づいてないらしい。
「……話していると舌噛みますよ。」
「本気か!?」
ブルーブラックインクがアドレナリンまじりの溶岩に変わってゆく。
僕の内で忌まわしい“何か”が目覚めたのを感じた……
ファイティング・ハイになってきたらしい。
いや、だめだ。 今は素のほうがいい、そう思っても止まらない、
止まらない物は放っておくのが一番いいだろう。
「大マジっすよ!! ひゃーはははははは!!!!!」
そう言うと僕はサイドブレーキを引いた!
もちろん車はみごとにスピンしてガードレールにぶつかって止まった。
そして僕の無茶な行動で小夜子は遠くの方に飛んでいったようだ。
「いてて……おじさんたち生きてさすか……」
「……おかげさんでな……」
おじさんの思いきり不機嫌そうな声。
「だ……大丈夫です……」
後ろのほうでユカさんの声がする。
僕は“ジェントリーウィプス”を使ってさっさと車から抜け出すと、
リュックサックから必要な物を取り出した。
ひしゃげたドアを開けたおじさんがユカさんを助け出す。
「大丈夫か?ユカ。」
「はい……ありがとうございます、ご主人様……」
「そうか……よかった……」
そして僕の方をむくと言った。
「それでこれからどうするつもりだ?」
「……闘います」
「なんだと!? じゃあ何のためにこんな事をしたんだ?
あいつはもういなくなったんじゃないのか?」
さすがに死んだとは言えないらしい。
「まさかぁ、あの程度であのヒトが死ぬはずないでしょ、車を止めたのは
距離をとるためで、さっきの呪文はその成功率を高めるまじないです」
「……なんて無茶な奴だ……どうしても闘わなくちゃいけないのか? ほかに方法は?」
「ないすよ、彼らに限らず超常現象って言うのはこっちが避ければ避けるほど
追ってきます。闘う以外ありません。だからもう選択する余地はないんすよ、
ほら“愛を享受したければその人を守りぬく事”っていいますしね」
「それはわかってる!」
彼の中にある忌々しい記憶がフラッシュバックする。
「いや、すんません失礼でしたねぇ」
うーむ今僕は相当に厭な役どころなんだろうなあ……と思ったが
退魔師――ゴーストハンター――としての役目を思い出す事で
良心の呵責を抑える事にした。
「闘うしかないのか……」
その言葉にはこれ以上人を傷つけたくないという思いがこもっているようだった。
「あの、私はどうすればいいんですか?」
気まずい雰囲気を入れ替えるようにユカさんが言う。
「そうですね……僕とおじさんで、できるだけ守るしか……」
「どうやってだ!?」
「それはそのときになれば解ります、とりあえずこれを持って下さい。」
そう言って僕はおじさんに60cm程の細長いバール(鉄パイプのような工具だ)。
ユカさんには僕が護身用に持っている果物ナイフを渡した。
「これ闘え、か?」
「ええ、もう来られたみたいですから……」
その言葉を立証するかのように周りに赤い霧が立ち込める。
霧は三人の前の空間に集まり赤い水溜まりを作ると
その中心がモコモコ盛り上がり、人の形を作っていく。
血の塊から小夜子が出てくるのに10秒もかからなかった。
「桐乃宮健一郎……来てもらおう、今なら誰も死なずに済む……」
「嘘だな、いまお前は一瞬目をそらした、人間は嘘をつく時大概そうする。
何故そうまでユカに拘る?」
「目撃者は全て消すというだけだ」
小夜子は何の感情も込めずに言った。
「それも嘘だな、それならこんな所で襲ったりしないはずだ」
彼がさらに小夜子の心を探ろうとした時イメージが頭になだれ込んできた。

自分にむかってなにかを命令している、銀色の服を着た
黒髪をショートカットにした神々しいまでに美しい幼女。
水晶眼? ……任務? そんな単語が聞こえる。
場面が移り変わる。
赤い刀に切られるユカ。
叫んでいる口に白い布をあてられ倒れる健一郎……

イメージの奔流は訪れた時と同様に唐突に治まった。
なんだなんなんだこれは……
幻覚?
いや違う……これは……
小夜子の心!?

「……私の心を読んだか……だがまだ不安定なようだ……」
そう言うと小夜子は手を人差し指と中指だけで手刀の形にする。
陰陽術などで使われる刀印だ。
「……あかん!」
僕はリュックサックから取り出した赤い液体の入ったビンの中身を
小夜子にむかってかけた。
くるりと僕の方をむいた彼女は手刀を振り下ろす。
パァン!!
赤い液体が見えない刀で切られたように空中で爆ぜる。
液体の飛沫がかかった小夜子の手がじゅっと音を立てて焼ける。
「おじさん大丈夫ですか!?」
おじさんはふらつきながらも答えた。
「ああ……」
「桐乃宮、最後の警告だ、来い。」
「いやだ、どのみちお前はユカを殺す気だろう?」
「このままだとお前も死ぬ事になるぞ?」
「ユカを守れないなら死んだ方がマシだ、それに俺を殺したら能力が得られないぞ!」
「問題ない、あの“明王”の能力ならな」
「くっ……」
「……そこまでです、あとは僕が時間稼ぎするんで、その間に能力の使い方を
身につけて下さい」
言い終わるのと同時に僕はビンをしまって小夜子にむかって走り出した。
今度はリュックからピラミッド形の物体を出す。
「アテー・アルクトゥー……」
物体が回転しながら僕の胸のあたりに浮かび上がる。
「ヴェゲプラー・ヴェゲドゥラー……」
物体の回転が速くなり光り輝き始める。
「ル・オラーム・エイメン」
呪文の詠唱が終わるのと同時に物体からレーザー光のような物が出て小夜子にむかう!
「くだらん……」
彼女はそれを軽くよけると、再び手刀を振り下し物体が切り刻まれる。
「く……フラウロスが……やはりあの位では効かないか……」
僕はつぶやくと言った
「いいですか、おじさん! 能力を使うにはまずどんな能力が欲しいか考えるんです!
それから、その能力を使っている自分をできるだけ具体的に想像したら、
後は自分を守るとか、相手をブチのめそうとすれば勝手に出ますよ!!」
「そんな事言われても急にできるか!」
「話している暇などないぞ!」
手刀で今度は僕の後ろのガードレールが鎌型の傷で真っ二つになる。
「無駄やね、僕はあんたのかまいたちも“通り抜ける”事ができるんよ。
攻撃と名のつく物は全てね」
「なるほど、流石は“ゴースト”照良博士と言ったところか……
だがそれだけだ」
その言葉で素に戻れた。溶岩が冷えて行く……
そうだ僕は“ゴースト”何者にも関らず誰にも救われない傍観者なのだから……
小夜子はユカさんの方を向き直る。
彼女の手にロザリオが握られ、それを中心にして僕がさっきつけた傷から
流れた血が集まり“血の大刀”ができていく。
「お前は後だ……先に弱い者から殺る……」
何の前触れもなく彼女はユカさんに向かって走り始めた。
「いやっ!」
ユカさんが叫ぶ。
「やめろ!」
おじさんがユカさんをかばうように前に出た!
「無駄だ」
ユカを守りたい、ただそれだけだった。
それだけで彼の体から“それ”は出た。
能力を欲しいと思う必要も無く。
ズドン!!!
小夜子の体が地面にめりこむ。
「何!?……くそっ! 物を重くする能力か!?」
「さすが♪」
小夜子の後ろに回っていた僕が言う。
そして何の前触れも無く彼女の体の中に手を突っ込んだ。
もちろん“通り抜け”させたのだ。
「……何のつもりだ?」
「今に解るって」
初めに聞こえたのはうめき声だった。
地の底の亡者が、打ち捨てられた者が血反吐を出すような、
そんな声。
次に聞こえたにのは遠吠え。
闇夜に孤独な狼が張り裂けんばかりの悲しみを歌うような高い澄んだ声。
その二つが奇妙な、それでいて聞いている者全てが恐ろしいほどの絶望と孤独を
抱かずにはいられない音楽を奏で始める。

あああ……あああああああああ……
おおおおおおおお
ウォーーーオーーーォーーーーーー
ううううう……あああああああああ……
オーーーォーーーーーォーーーーーン
ああああああああああ……おおおおお……

それを聞いたユカさんの頬に涙がつたう。
「あれ……ご主人様……私なんだか急に悲しくなってきました……」
「ああ……俺もだ……」
そう言ってどちらともなく手を握り合う。
もちろんこんな物の直撃を受けた小夜子はたまった物ではない。
「くそ……毒電波を出したか……」
「その通り、本当は呪禁道を習いたかったんですけどね……
そんな力も無いし、師匠もいなかったんでね、もう闘う力出ないでしょ?」
僕はビンをゆっくりと振り上げた、これをかければ彼女は焼け死ぬだろう。
人を殺すのは初めてなので手が震えた。
「……っなめるな!!」
彼女は赤い霧となって辺りを覆った。
人斬りの凄まじい殺気をこめて言う。
「気を殺がれた……今回はこれで引く、だが次はないぞ!」
言い終わるのと同時に霧が晴れていく。
終わったのだ。
「……ふぅー……助かった……」
「勝った……のか?」
「一応ね」
そう一応、今のところは。
「……それでどうする?」
「シュンさんと待ち合わせている所まで行きます。
タクシーがあればいいんですが……」
「あ、たしかこの先に駅がありましたからそこに行けばありますよ」
「じゃあ、そこまで歩きましょうか」
「ああ……車はどうする?」
「あとでJAFにでも頼んでらどうですか」
そう言って歩き出す僕とおじさん達の上の空は勝利を祝福するかのように晴れていた……



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