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『rocker and mystic』

by spooky 

話は数日前に戻る。
ここはユカの元同級生、正の家の居間だ。
今この家には正一人。
彼はテレビを見ている。それにはユカが映っていた。
彼女は20代後半のややキツめの女性に身体を弄られている。
(やっ!やめて下さい、奥様!)
キツめの女の嫉妬に狂った指がユカを苛める。
(あっ!嫌ぁっ!お願いします!やめ、やめて下さい!)
正は内臓をもがれているような表情でそれを凝視していた。
「だから……だから言ったんだユカちゃん………!」
彼の噛み締められた口からぎり、という音が血と一緒に洩れる。
だが彼は気づかなかった、彼の背中に蚯蚓のような出来物があった事に。
そしてそれがヒルのように蠢いていた事にも……

再び現在へ。
僕たちはある街の商店街に来ていた、それも午前2時に。
わざわざこんな時間に待ち合わせたのは敵の襲撃を避けるためと、
執事さんの救急車の手配やあのあとの処理に時間がかかったからだ。
(ちなみに幸い執事さんは重傷で助かった、一撃で気絶したのが良かったらしい。)
僕は看板の文字がはげて見えなくなった店の前で立ち止まった。
「えぇと……ここです」
「あの……ここってやっているんですか?」
そう聞くのも当然だろう、なにしろ午前二時にこんな倒壊寸前の店が
営業している事はあまりない。
「やってませんよ、なんといっても廃虚ですから」
「たしかにここなら見つからないな」
僕はだまって肯くともう動かない煤けた自動ドアを開けた。
「こんにちは……」
中にいる人影が言う。
「照良君?」
「ええ……みんなもう集まってますか?」
「うん、君も無事だったんだね」
なにか噛み合わない会話をしながらおじさんたちを招く。
そこは元は飲み屋だったらしい、飴色のカウンターと安っぽい背の高い椅子がある。
なかには数人の人影。
スプレーで壁に梵字のような落書きをしているのは背の高いフーゴ。
入り口で僕たちを迎えたのがシュンさん。
そしてイスに座って白髪をセンター分けにしている黒いスーツの優男が……
「裕也!お前がなんでここにいるんだ?!」
「どおも、建一郎さん」
裕也がクールに、どこか面白がるように笑う。
目にはゴーグルをしているのでわからないが、たぶんなんの表情もしていない。
ちなみに彼はおじさんの腹違いの弟で実家が代々続く退魔師の家系という男だ。
僕と同い年だが彼の方が年上に見える。
「裕也はサイキックで前から知り合いだったんです」
シュンさんが説明する。
「お前まで超能力者だったなんてな……ところでここは本当に安全なのか?」
「いや、安全にするんですよ」
その声をフーゴが遮る。
「“籠目”と“穏形”を作っておきましたよ」
「かごめ?なんだそれは」
「ああこれは結界のような物でこちらの“気”を隠す効果と敵を退ける効果があります」
なるほどそれはたしかに安全だろう。
安全ではなかった。
「なにやってるんだこんな所で!」
そう言って現れたのは正だ。
なにか誤解しているらしい、おじさんの胸座を掴む。
掴めなかった。
裕也が持っていた細長い包みで殴り飛ばしたからだ、中身はたぶん剣だろう。
「正君!」
ユカさんが叫ぶ。
「なんやこれ?刺客ともおもえへんし……」
「このひとはその……私の同級生です、こんな時間にどうして………?」
僕が言う。
「なんか誤解したんじゃないすか?そういえば千里眼でこの人見たし」
僕は遠回しに数日前彼が見た物を語った。
「ああいう事が日常的にあるとでも思ったってとこでしょう」
「そんな……」
「で、どうするんだこいつを」
おじさんが言う。
「それは彼が起きてから考えましょう、それよりも彼がどうやって
ここに来れたのか知る事の方が重要です」
そう言ってシュンさんは彼をずるずるずると店の奥に運んでいく。
「大丈夫かな、怪我はない?」
彼の頬を叩きながらシュンさんが言う。
しかし、突然彼はがばっ、と起き上がるとおじさんにむかっていった。
「おまえ奥さんがいるのになんでユカちゃんを……ちくしょおおお!!」
おじさんが殴られた、おそらくわざとだ。これがおじさんなりの謝罪なのだろう。
「……っ…いいわけはしない……」
さらに蹴り飛ばす。倒れこんだところに蹴りが入る。
入らなかった。
「ご主人さま!」
ユカさんがおじさんと彼の間に入りこむ。
勢いのついた蹴りは止まらずユカさんに。
「けふっ!…やめて正くん……やめてよぉ……」
驚愕する正。
「う…うわあああああああ!」
「くっくっくっ……あの夏の日よもう一度、なんてね」
なにか白い目で見られたような気がするが気のせいではないだろう。
かなり小さい声でいったのだが……
正はパニックをおこしたのかすすり泣いている。
「……大丈夫かい?」
そう言って正に声をかけたのはシュンさん。
肩に手を掛けて立ち上がらせる。
正の肩がふるふると震えていた。
「う…うう……」
いやふるふるどころの話ではなかった。
シュンさんが手を離す。
「なんだ!?」
「うぐ……ぐおあああああああああ!!!」
正の服が裂け、背中からスイカ大の肉色の瘤があらわになる。
「ふうん、取り付かれとったんか……」
「これでどうやってここに来たか解ったね、と」
ユカさん以外の全員が身構える。
シュンさんも電光の義手“サイコプラス”を出し、
フーゴはスプレーを、裕也は刀身のない柄だけの刀を持っている。
そして裕也の袖口から水銀のような液体が出てきて柄に絡み付き刀身になっていく。
やがて黒い刀身に金色の経文の書かれた日本刀が姿を現した。
彼の能力は鉄を常温のまま溶かして自由に操る能力なのだ。
「ドうして…ヲまエなンかが……!」
正が拳を振り上げておじさんにむかって行く。
「取り付かれていても攻撃の単純さは変わらないな」
おじさんがひょい、と避ける。
正の拳が自動ドアを突き破り、彼の顔が歪む。
笑いに。
破壊の悦楽に。
彼がずぼっ、と割れたガラスがら腕を引き抜く。
血が蔓植物のように彼の腕から根を伸ばす。
ふたたびおじさんにむかっていく正。
だがおじさんに拳が当たる事はない。
裕也が峰打ちで斬る。
正は自動ドアを突き破って店の外までフッ飛んでいった。
「そこまで、あとはヨゴレ役の俺がやる」
むくり、と立ち上がる正。
それはもう、人ではなく魔として。
「キャハハハハハ」
おじさんに向かって走っていく。
「薺!」
裕也が中段の構えから斬りかかる。
しかし正は剣とついでに裕也を拳で殴ってそれを防いだ。
「このやろぉ!!」
焔の帯が空中を舞う。
しゃがんでよける裕也。
そのまま斬り返す。
ドガッ
斬りこまれてよろける正。
一歩踏み込む裕也。
「青蓮華!」
右から左に斬り、
さらに左に返し斬る、
そして1回転して斬りつける。
霊や妖怪のみを斬る文殊菩薩の力を持った連続斬術だ。
正は倒れて動かない、背中の瘤も治まりつつある。
「正くん!ああ……ごめんね…ごめんね……」
「大丈夫、おきたら元にもどってる、それよりこいつを操ってた本体がいるはず・な・ん・や・け・ど」
「うん……そこに」
シュンさんが言う。
その先から声がした。
「その通り、よく分かったな委員会実行部“明王”のレインボー様だ」
全員が見た先にいたのは、にゃあごという声、ぼとぼととこぼれる蛆、甘ったるい腐臭。
そして腐りかけて黒い骨の見える猫。
「よお、久しぶりだな馬鹿ムスコ」
猫の後ろには絵に描いたような冴えない中年サラリーマンが。
ただ普通とちがうのはその童顔にある眼が決して癒されない質の
邪悪な狂気を湛えている事だった。
「……父さん………嘘だ!父さんは……父さんは……」
シュンさんが叫ぶように言う。
「死んだはず、か?馬鹿な奴だよオマエも。まさかあれで俺が死んだとでも思ったのか?」
「嘘だ……うそだ……!」
あえぐようにして呟く。
「さあ、久しぶりに会った事だしゆっくり話し合おうか瞬、残り少ないこれからについてとかな」
「どうして…どうしてこんな所に……」
「親が息子に会いに来たのに理由なんているのか?あ、もう縁を切ったんだっけな」
シュンさんが叫ぶ。
「嘘だ……!」
「嘘だよ!本当は健一郎君に会わせたい奴がいるんだ」
そう言うと彼は手から火球を発した。
「じゃあな瞬。本当は俺が殺してやりたかったんだけどなあ、生きてたら会おうぜ」
火がおさまった後に残ったのは腐臭のみ。
そして入れ違いに襲ってきたのはエクスタシーにも似た心地よい恐怖。
それが殺気だと気がつくのに数秒かかった。
僕の首を刀がすり抜ける、常人なら死んでいる。
やったのはクライドだった。
今度は裕也に。
ガキン
二人の刃がかちあう。
裕也が後方に吹っ飛んで電気屋のシャッターを破壊する。
裕也が立ち上がる。
シュンさんたちが身構える。
「裕也!」
「ええよ、こいつはおれがやるから」
裕也が言う。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前」
早九字を切ると、彼は人外のすばやさでクライドに向かっていった。
さらにアーケードから人が降ってきた。
金髪の少女、レイチェルだ。
僕らも高見の見物だけをしているわけにはいかなくなった。

……これ以降はめんどくさいので一組ずつ書いていくことにする。

裕也対クライド

ガキン!
クライドが裕也の刃をとらえる。
そのまま鍔迫り合いに。
お互いの顔がキスするくらい近ずく
「あんたも人斬りかい?」
裕也が問う。
答えは期待していないようだが。
答えはあった、ただし英語で。
『何を言ってるのか解らんな。
俺は殺人鬼だ、好きなように戦う。
そして戦いに生き、戦いに死ぬ、お前もそうなんだろ?』
クライドがにぃと微笑んだ、同類と出会えた笑い。
魔力と言ってもいい凄まじい狂気と殺気のこもった微笑だ。
裕也が一瞬怯み、その結果彼はブッ飛ばされた。
しかし彼は誉められるべきだろう。
常人があの殺気を受けていたら怯むどころか動けなかったはずだ。
彼がそれに対抗できたのはそれに匹敵する狂気があったからに他ならない。
(とは言え怯んだのだから完全に同類ではない。
彼の同類は“鬼人”の二つ名をもつ小島君なのかもしれない)
体勢を整えると、彼等は切っ先がなんどもなんども
激しくぶっつけ合う。「動の降着状態」だ。
先手をとったのはクライドだった。
ガギィン!!
裕也を弾き飛ばす。
吹っ飛ばされひっくりかえる裕也。
「ふっ!!」
逆立ちした状態で手をついてブリッジするようして起き上がると
むかっていき鍔迫り合い。バジバジと火花が飛ぶ。
『クククハハハそうだいいぞ楽しませてくれ!!さあもっと!もっと!!もっとだ!!!』
「だまれや……!」
裕也は能力で自分の剣をとかし、クライドの剣を取りこもうとする。
できなかった。
『シイィィィィィ!!!!!』
クライドはすでに固まりかかっていた裕也の剣から力技で自分の剣を引き抜くと
彼を思いきり殴り飛ばした。
ブチ折られた裕也の剣の欠片がきらきらと宙を舞う。
今ので顎の骨にひびが入っただろう。
吹っ飛ばされた彼はメガネ屋のシャッターを歪ませる。
顔を起こして言う。
「ぐっ……どうかな?」
だがやはり先手を打っていたのは裕也だった。
砕け散った剣の欠片が、無数のナイフの形になってクライドに跳んで行く。
だが彼はそれを体で受け止めて裕也に斬りかかる
裕也は鉛色の手でそれを受け止める。
がぎぃん
服の中に隠していた鉄で手甲を作ったのだ。
それらが2、3秒のうちに行われた。まさに音速の闘いだ。
間合いをとるクライド
『ククク……やるな!くくくはははははは面白い!ひどく面白いぞ!!ふは、ふはははははは』
クライドが英語で言った。
その隙に裕也は剣を修復する。
「強いな、勝てんかもしれん……」
両者が渾身の力を込めて斬りかかる。
斬りかかれなかった。
「刃!」
間にバックパッカー風の青年が入ってきたからだ。
左手で右から来たクライドの刃を、右手で左から来た裕也の刃を素手で完全に受け止めている。
裕也が言った。
「童子(わらし)お前まだ……!」
童子と言われた青年は優しげな目を細め、落ち着いた声で言う。
「ああ、久しぶりだね裕也……」
『なんのつもりだ?小僧』
童子が答える。
『依頼主さんの使いでね、もう引き上げてくれませんか?』
『“工場”のか?何故………まあいい後で聞くことにしよう。またな人斬りのぼうや……』
そう言うと彼は来た時と同じようにアーケードの天井に駆け昇っていった。
「おい、お前今“工場”っていったのか?」
童子が答える。
「ああ、例の“〈非−知〉工場”に雇われているんだ。じゃあな裕也、小夜子さんによろしくね……」
そう言うと彼は風のようにその場から消えた。
隠形とよばれる一種の瞬間移動だ。
「まてっ!童子……くそっ!いってもうたか……
………あの人斬りただ者やない、そこらのクソ野郎共とはちゃうな……」
後に残された裕也が呟く。
「むこうも終わったみたいやな……」
彼はゆっくりと歩き出した。

健一郎対レイチェル

『ごめんなさい、死んでもらいます……』
そう言うと彼女はむかってきた。
ヒュッ
空を切る音がして黒いものが飛ぶ。
それが突然何も無いところで叩き落とされる。
『?!』
「武器を持たず素手でむかってくる。飛ばす前に息を吐く。バレバレだな」
彼が能力でナイフを叩き落としたのだ、しかし彼女はそのまま駆けてくる。
「一体君たちは……?」
シュンさんが掌から野球ボール大の雷球を数発打ち出す。
『えいっ』
それを彼女はナイフで全て弾き返した。
そしてそのままシュンさんの方に掌をむける。
ドンッ
彼女の手から1mほどの半透明の球体が出てきてシュンさんをふっ飛ばす。
サイコキネシスだ。
「うわあ!!」
シュンさんは遥か遠くの柱まで飛ばされそのまま動かなくなった。
さらに彼女は向って行く。
向って行けなかった。
健一郎の手から出たベルト状の縄に腕を絡めとられたからだ。
彼の眼が蒼く光る。
「たしか『自分の身を守るか、相手をぶちのめそうとすれ』ば出るんだったな?」
「これがおじさんの能力か……」
『むう〜』
レイチェルが唸る。

わたしはまけるわけにはいかないです……

そのような意味の言葉が健一郎の耳に聞こえた。
このベルトは巻きついた相手の心を読む効果もあるのだ。
その瞬間健一郎の腹にナイフが刺さった。丁度肝臓の位置だ。
「ぐわっ!」
「さっき叩き落したナイフだ!サイコキネシスで飛ばしたんです!」
フーゴが言う。
「ご主人様!」
ユカさんが駆け寄る。
僕が止める間もなく。
「ユカさん!だめだ!」
僕の頭に彼女がレイチェルに殺される場面が駆け巡った。
だがしかしレイチェルは悲しそうな顔で一礼するとアーケードを登って行った。
とりあえず危機は去ったのだ。
「わ…わ……どうしよう…ご主人様……ごしゅじんさまぁ……」
ユカさんはぐすぐすと泣出してしまった。
「だいじょうぶだ…心配するな、きっと死にはしないよ……」
あきらめたようにおじさんが言う。
「……ぐっ……いや、まだ、手はあります……」
起き上がったシュンさんが言った。
「手?」
「うん、能力というのは、なにも壊す力だけじゃなく治す力もあるんです」
「治すってどうやるんですか?」
「簡単ですよ想うだけ。想えばそれは現れる」
「想えば…現れる……」
おじさんが呟く。
「あの、想うってなんですか?」
「君の場合だと彼を治したいと願う事ですね、できるだけ具体的に」
「私にできるんでしょうか?」
僕が答える。
「できると思いますよ、あのゲームを見て正気でいられるんだから才能はあるはずです」
「……やってみます」
意を決したようにユカさんが言った。
彼女はおじさんの手をとると目を閉じ、祈るように彼の手に額をつけた。
「ご主人様……」
二人の周りを緑色の光が包む。
そして彼女の腕と、健一郎の傷口がら蔓植物がにょきにょきと生え始める。
ユカさんから生えた蔓は健一郎の腕を伝って傷口に伸びる
ユカさんから生えた蔓とおじさんから生えた蔓は傷口で絡まり合い、傷を隠してゆく
傷が完全に隠れると蔓は根元から枯れていった。
後には塞がった傷が残った。
「ご主人様?」
「ユカ……もう大丈夫だよ、ありがとう」
「よかったぁ……ご主人様ぁ」
裕也の方も終わったらしい。
こちらに歩いてくる。
「お〜い、生きてるか?」
「ああ!裕也も大丈夫かい?……ところで隠れ家みつかっちゃったね」
シュンさんが言った。続けて僕が言う。
「さ〜困った困った」
フーゴが言った。
「これからどうすればいいんだ!?」


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