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『夫婦の秘めごと』

byオゾン

 夜もふけ、すっかり寝静まる住宅街。
結婚して半年になる新婚夫婦の川島家では今夜も夜の営みが始ろうとしていた。
寝室を薄暗いオレンジ色に彩る枕元のスタンドがカチリと音を立てて消える。

「静子、こっちにおいで」
「はい・・・・・」
部屋の中央に置かれたダブルベッドの上で
鍛えられた肉体にランニングシャツというラフな格好の夫が
まだ少女らしさの抜けきっていない華奢な身体の妻を抱き
淡いピンクのパジャマごと腕の中へ引き寄せた。

 スポーツ刈りの肉体派である夫、誠人(まさひと)。
お嬢様風な容姿にストレートの黒髪を持つ妻、静子(しずこ)。
二人の組み合わせは一見、若い体育教師と女子高生のような雰囲気があったが
彼らは紛れも無く今年の春に結婚した夫婦であった。

「じゃ、いくよ。」
「はい・・・」
優しく声をかけ、パジャマの上から彼女の胸を揉みしだき始める誠人。
が、どういう訳かそんな夫に対し、静子は愛の営みとは思えぬほど表情が暗い。
悲しそうにひそめた眉、不安げな唇、強張り縮こまった肩。
そして、まるで今から拷問でも受けるかのように辛そうな瞳。

「ん・・・・ふ・・・・」
静子は、夫の愛撫に軽い吐息で答えたのち
全てを諦めたような面持ちでまぶたを閉じると
彼のするがままにその身を任せていった。


          「夫婦の秘めごと」


「ただいまー!夏海〜!いま帰ったぞ〜!」
「おかえりなさ〜い、遅かったじゃない。あら、誠人もいっしょ?」
「おぅ、こいつ潰れるほど飲みやがってよぉ・・・」

居酒屋で何杯もジョッキを追加し、すっかり酔いつぶれてしまった
川島誠人(かわしま まさひと)が腐れ縁の友人、沼田三也(ぬまた みつや)の
新居へかつがれて来た頃、時計の針は既に夜の11時を回っていた。

足元もおぼつかず、そのまま玄関の石畳に尻餅をついた誠人。
それを三也がなんとか廊下まで引っ張り上げて応接間に運び
背広姿の酔っ払い達はようやくソファーの上へ落ち着いた。

「ほら、そんなに気落ちすんなよ。」
「だってよぉ・・・俺、静子に嫌われてんじゃないかって思うと・・・」
スポーツ刈りの頭を抱え、情けない声を出し続ける誠人。
そんな彼の肩を叩きながら三也がもう幾度めともつかぬ慰めをかける。

三也の妻、一年以上の主婦生活がすっかり板についた夏海は
酔い覚ましに持って来た水を彼らに手渡すと向かいに座った。
「んしょっと! なに?何の話?」
エプロン姿に妊娠8ヶ月の大きなお腹を抱えた彼女は
その行為だけでもかなりしんどそうだ。

「ん?ああ実はな、こいつの嫁さんのことで・・・」
「嫁さんって・・・ああ、あの『お嬢様』?」
「おぅ、そうそう。こないだお前も会ったろ?
 新婚初夜までバージンだったってゆー超奥手の。」
「うん、でその奥さんが何?」
「あんな可愛いお嬢様、よくこいつ嫁さんにもらえたよなぁ〜!」
「いいから今それは置いといて!奥さんの悩みじゃなかったの?」
酔っているせいで話の筋も千鳥足である。
「おぅ、すまんすまん。それでだな・・・」
そう言いながら胸ポケットのタバコを取り出す三也。
箱の口に収めてある100円ライターを引き出そうとした時。
「ちょっと!」
夏海がとがめ、自分の大きなお腹を指差した。
「あ、すまん。」
妊婦の前でタバコの煙は禁物だ。
慌てて彼はライターやら何やらをポケットに戻す。

 それから幾度も話を横道にそらし、誠人が3杯目の水を
お代わりした頃になって、ようやく夏海はことの全様を理解した。
「ふ〜ん奥さんがセックスに消極的ねぇ・・・」
下を向き、空のコップを手に抱えたままつぶやく誠人。
「あいつな、静子な。Hの最中いっつも悲しい顔してるんだ。
 喘ぎ声だって辛そうだし。なんだか俺・・・おれ
 毎晩強姦魔になった気分でよぉ〜!」
「だったら毎晩すなや!」
ぐじぐじ泣き始める誠人に、三也が関西弁でツッコミを入れた。
漫才や落語が趣味の彼は、酔うといつもこんな調子だった。

「イく時だってさぁ、なんかこぉ・・・この世に生まれてきたのを
 後悔するような顔してて。おれ、そんなあいつ見るのが毎晩辛くって。」
「せやから〜!そないな顔されてんのに毎晩毎晩イかすなー!」
 また泣き出した誠人に、三也が再度ツッコミを入れた。
しぱん!と小気味良い裏手の音が応接間に響く。
誠人の泣き上戸に飽き飽きする程つき合わされている彼にとって
場を明るくする為のツッコミは、いつもの癖なのだった。

「う〜ん、誠人ってば昔っからHは激しかったけど、女心には疎かったもんね〜」
「はははは、そーいやお前もかなり泣かされたんだったな。」
「ちょっ!もぉ、それ言わないでよぉ!」

過去にあった大学時代の色々は、3人がまだ若かった頃の苦い思い出である。
三也の横道でうっかり墓穴を掘りそうになった夏海が慌てて話題を元に戻した。
「そっそれで、今までどんなこと試したの?」
「あ、いやその・・・・・」
「Hな下着とか、バイブとか、目隠しとか、軽い方面全部。」
口ごもった誠人の横から三也がさらりと言ってのける。
「ぶっ!」

アダルトビデオか熟年夫婦のマンネリ打破みたいな内容に思わず噴き出す夏海。
いくらなんでもこれは新婚初夜まで処女だった相手にするものではないだろう。
『これだから男って・・・』
昔、自分がされた時の色々を思わず記憶に蘇らせてしまった夏海は
顔を赤らめ心の中でぼやいた。どうやらこの二人、セックスに関しては
学生の頃からまるで進歩がないらしい。

「あ〜も〜しょうがないわねぇ!」
なげやりに叫ぶ夏海。
「それじゃこれ! 誠人に言う前に別れちゃったから
 結局黙ってたけど、奥さん可哀相だから言うわね。」
「え?なに?なんかあんの?」
「あんたはいーから!」
興味深げに身を乗り出す旦那を平手で押しのけ
夏海は今まで伝えていなかった彼の欠点を打ち明ける事にしたのだった。

          ◆

『ポ〜ンポ〜ンポ〜ン・・・』
壁掛け時計が、静かなメロディで夜の10時を知らせる。
あれから三日後。川島家では数日ぶりに夫婦の秘めごとが始まろうとしていた。
ここ2、3日の間、川島夫婦の間には夜のお勤めは無い。
ただ、食後のいちゃいちゃは普段より長めに行われていた。

 「いい?感度が悪くてセックス慣れしてない女の子に毎晩Hしても
  体がついてかないだけなの。最初のうちは休みを入れた方がいいのよ。」
 「でも、それじゃ俺の方が欲求不満で・・・」
 「そんくらい我慢しなさい!」
 「そや!我慢せい!」
 「妊婦にHしてるあんたが言うな!あんたが!」

三也とボケツッコミを交えながら夏海の講座を受けた数日の間。
肌の触れ合いはするが、性行為そのものは控えておき
彼女自身を欲求不満にさせておくのが夏海の作戦なのだった。

『うっぷ・・・ちょっと食べ過ぎたかな?』
リビングで、風呂上がりの晩酌に口をつけながら誠人は軽くゲップをした。
日本酒の独特な香りが胃袋から戻り、鼻先に漂う。

確かに今日の夕食はいつにも増して豪華だった。
朝、出かける前に静子を抱きしめた時の
「晩飯は、精のつくものにしてくれな。」
という意味深なセリフで動揺したのだろうか。ステーキにとろろ
きんぴらごぼうという、料理が得意な彼女らしくない和洋混ぜ合わせの
レパートリーが食卓に並んでいた。

すぐ隣に座る静子も、やや腹が苦しそうだったが
夫に、はしたないところを見せたくないのか、平気なふりをしている。
他愛も無いことを静かに語りながら小さな杯で熱燗を交わしあう二人。

 そして、舞台はいつしか寝室のベッドへと移っていた。
今夜の彼女はクリーム色のトレーナーのようなパジャマである。
少女らしさの抜けきっていない若い新妻には
ネグリジェより、こちらの方がよく似合った。
日本酒でほろ酔いになり、頬を桜色にさせた静子が実に愛らしい。
ただ、その表情と全身はいつもと同じで、固く強ばったままだった。

 「誠人はね、ガンガンに攻め過ぎるの。」

彼は夏海の言葉を思い出す。

 「きっと奥さん、攻められ過ぎて引いちゃってるのよ。
  わざとこっちから引いて焦らして、向こうから求めさせるように
  するのもテクニックなの。わかる?」
 「はぁ〜なるほどなぁ〜」
 「第一なんであんたが気がつかないの?三也の方がそーゆーの上手いのに。」
 「いや〜俺も攻めが足りないもんだとすっかり勘違いしてたから。はは・・・」

 やはり女性の心は同じ女性の方がよく理解できるようだ。
それに、彼自身と身体を交わした経験のある夏海ゆえ判ることなのだろう。
そんなことを考えながら誠人は、ついばむようなソフトキスを静子に与え
覚えたばかりのテクニック、焦らしの愛撫を始めていった。

恥じらいが心のガードにならないよう、パジャマの上から新妻の全身を撫でる。
決して強くならないようソフトに、あくまでもソフトに愛撫を与える。
「ん・・・・・・・んふ・・・・」
背筋をなぞり上げ、うなじをくすぐる。頭の後ろを撫でて安心を与えるのも忘れない。
脇腹から小さなヒップを撫で下ろし、太ももの裏や内股へ指先をゆっくり回す。
体を離さず、密着した全身そのもので行われる愛撫は
優しく、それでいて十分に熱のこもったものであった。
「あ・・・ふぅ・・・・・ん」
「ここ、気持ちいいかい?」
「ん・・・その・・・・・」
「こっちはどぉ?どこがいいのか言ってごらん。」
「あっ、やっ・・・」
耳元へ吐息を吹きかけ、囁きながらパジャマの全身に指を這わせる。
直接的な快楽のある性器や胸は、指では触らないようにし
誠人は足や胸板の圧迫で鈍い快楽を与え続けた。

 少し戸惑う静子。いつもなら、始まってから挿入まですぐだったのが
今夜はどういうわけか、弱い愛撫がいつまでもじりじり続くのである。
「お、お願い、あなた。いつものように・・・んっ、早く・・・終わらせて。」
だが夫は妻の哀願に答えない。
「駄目だよ。今日はじっくり楽しみたいんだ。いいだろ?」
「あふ・・・やっ、そんな・・・あっ!くぅ!んんっ!」
キュッとつままれた乳首の刺激に、静子は声を高めてしまった。
慌てて口を覆ってみたが、すでに遅い。
恥じらいに眉をひそめ、静子は桜色に染まる顔を更に赤くした。

ノーブラのそれほど大きくない乳房へパジャマ越しに与えられる布ずれの感覚。
揉むではなく、優しくさするような胸への愛撫に続き、布地で乳首を摩擦し
擦り上げる柔らかい刺激が彼女の芯をとろけさせる。
「駄目・・・そこ・・・」
また乳首をキュッとつまんでやる彼。
「んっ!」
ビクン!と一瞬震えた新妻の肉体は、後に続くくすぐりに
痒いようなもどかしさを覚え、ひくついていた。
布越しにチョンチョンつつき、充血した先端をすっと撫で上げる刺激が
静電気のようにピリピリと内からの肉欲を高める。
「ああいやぁ、意地悪しないで・・・」
 行為を求める言葉を、遠回しに口にする静子。
さらに愛撫を求めそうになったその唇を、彼女は急いで手で覆う。

 焦らしの効果は絶大だった。誠人は、いつもと違う妻の変化に驚いていた。
ここ数日の禁欲と、日本酒のせいもあるだろうが
夏海から教えてもらったテクニックは、今までとまるで違う反応を引き出していた。
性行為を根っから否定するような悲しい表情でなく
快楽と恥じらいを葛藤させ、戸惑う彼女を見るのは初めてだった。

 どくどくと急かす鼓動を抑えつつ、誠人は妻への焦らしを更に続けた。
脇腹をさすり、二本の指先で背筋を腰からうなじまで撫で上げる。
汗ばんだ太ももの内側を広げた手のひらで幾度もかき上げてから
その中心を亀裂に沿って下からゆっくりなぞり上げる。
「あぁ、いやぁ・・・」
腰をひくんっと震わせる静子。体が、理性とは逆に
動いてしまいたがるのを恥じらっているようだった。

唇は、もう塞げなかった。彼女が口を覆うたび誠人が
その手を外してしまい、優しいキスを幾度も浴びせるからだった。
無駄を悟り、あきらめた彼女は唇を夫のするままに任せると
行き所を無くした細い指でシーツをぎゅっと握り締めた。

 谷間を撫でる快楽に太ももが弛緩していき、我に返って引き締める。
しばらくしてまたゆるゆる力が抜けていき、あわててきゅっと股を閉じる。
そんなケイレンのような動作を幾度も繰り返す静子。
「んふ・・・・・ふっ!・・・・あぅっ、ふぅぅん!」
汗なのかそれとも別のものかのか、じっとり湿ったパジャマの上で
誠人の人差し指と中指が、静子の亀裂をじりじりと焦らしていった。
「あぅぅ・・・いっ、いやぁ!」
彼女の一番感じる肉の芽は、今やすっかり充血し
パジャマの上からでも触ってわかるまでコリコリになっていた。
刺激を欲しがるその核は、触れるか触れないかのぎりぎりの位置で
すっと離れていく指に焦れ、更に欲望を増していった。
「はんっ!あっ!もっ・・・あああっだめぇ!」
『もっと』と、口走りそうになったのだろう。
彼女の理性がぐずぐず溶けだしているのは誠人にもよく判った。
だが、まだ手を緩めたりはできない。
「濡れてきてるね。」
「ああ、言っちゃいやぁ・・・」
静子の耳元にそう囁きながら、もう一度秘部をなぞりあげ
パジャマの湿り具合を確認する。指先がクリットをかすめてすっと離れると
彼女の腰がまるで名残惜しく指を求めるように持ち上がっていった。

「ねぇ、どうして?」
どうにも耐え切れなくなったのか、うるんだ瞳をさせて静子が訴えた。
「どうして、今日はそんなにいじめるんです?」
チクリと針で刺されるように、誠人の良心が痛む。
「静子が、Hになってくれないからだろ。」
「だってそんな・・・あっ、恥ずかし・・・くて。」
「本当に何をされたいのか言ってくれよ。恥ずかしがらずに言って、ほら。」
「いやぁ・・・」
「ほら、ほら、これが気持ちいいんだろ?」
突然の攻め。脹らみきった官能の芯、クリトリスをくにくにこね回し
誠人は今までずっとおあずけにしていた快楽を彼女へ一気に与えてやった。
「あっ!あひっ!いっ!あっ!あぁあっ!」
潤んだ瞳に、嬉しい困惑を表わす静子。
「これだろ?ほら、気持ちいいんだろ?」
「ああっ!い、いいっ!いやぁ!」
「言わないんなら・・・」

一時の喜びを与え終わった指が、焦らす愛撫をまた始める。
布地の上からクリットをいたぶる動きが、女としての肉欲をあぶり出す。
「もぅ、おねが・・・やめ・・・て」
だが甘い蜜の味を、肉の快美感を覚えてしまった下半身はもう抑えることができない。
口の否定とは反対に、彼女の両足はのろのろと開いていった。
「あっ!だめぇ、お願い!もぉっ、もぉっ!」
静子は涙をぽろぽろ流して、とうとう泣き出してしまった。
欲望に弱い下半身が悲しいのだろうか
瞳から溢れた涙は、次々にシーツへとしみ込んでいった。

 ズキンと痛む誠人の心。だが、ここでやめては意味が無い。
もう少しの辛抱だ、そうすれば彼女は心を開放してくれる。
そう信じることで彼は今すぐ焦らしを止めたい気持ちを抑え込んでいた。
「ううっ、ふうぅっ!ああっ!」
じりじり焼けるような官能でクリットを焦らされた静子の腰が
もっともっとと、求めるように蠢いて持ち上がる。
恥ずかしい格好に股間が突き出され、粘つく愛液がパジャマの前に
いやらしく濡れるシミを次第に広げていく。

「どこが感じるんだい?どうして欲しいの?」
「だめぇ!そんな、はしたないこと・・・ああっ、言えなぃ!」
悲痛な顔。可愛い静子が快楽に苦しむ姿。心臓が握り潰されるようだった。
「いいんだよ。はしたない静子を見せてよ。」
「でも!でもぉ!ふぅぅん!」
悲しむ静子を見るのが嫌だったから、焦らしの技を覚えた。
だが、今の自分がしていることは何なのだろう?
泣き叫ぶ静子が目の前にいる。泣かせているのは自分なのだ。
そんな姿を見るのがもう嫌だったはずなのに。
彼女の喜ぶ顔が見たいはずだったのに。
「はあっ、あぁん!あぅぅ、いやぁ!!」
彼の心がぐるぐる回る。涙を流す静子の姿が痛々しくて、可哀相で
どうにも可哀相で、可哀相で、可哀相で可哀相で可哀相で・・・

「ごめん!静子!」
もう限界だった。これ以上夏海の教えた通りにはできなかった。
気がつくと誠人は両腕で静子を強く抱きしめていた。
「ごめん、ごめんよ静子。泣かせちゃって。」
「はぁっはぁっ・・・あ、あなた?」
「でも、俺たち夫婦だろ?夫婦なんだろ?なのに
 なんで嫌がるんだよ?なんで隠すんだよぉ?」
辛そうに、耳元で囁く夫の言葉。心の叫び。
「Hな静子を見せてくれよ。俺、どんなに静子が乱れても
 嫌いになったりしないから!」

理性で固く結ばれていた何かがほどかれたように静子は感じた。
「あの、嫌いになりません?」
「うん・・・絶対ならない。」
「本当に・・・本当に嫌いになりません?」
「本当だよ。」

「・・・・・恐かったんです。」
涙の残った目尻をぬぐいながら、彼女は今まで隠していた本心を
口に紡ぎ、ぽつりぽつりと言葉にしていった。
「自分を開放しちゃったら、それから先どうなるかわからなくて、恐かったんです。
 自分の中の、はしたない部分を見せたら嫌われるんじゃないかと思って
 イヤだったんです。だから、んっ!・・・」

 告白の続きは、誠人の口づけで止められた。
しばらくしてふっと唇が離れ、彼は妻へ優しく語り掛ける。
「嫌いになんて、なる訳ないだろ。」
「・・・あなたぁ。」
安心した笑顔を見せた静子が誠人へ抱き着いた。
向きあう二人は、もう一度優しくキスを交わした。

「言ってごらん。どんな風にして欲しいんだい?」
しばし戸惑い、うつろう彼女の視線。
「あの、それじゃ・・・おっぱいにちゅっちゅって・・・して下さい。」
やはりまだ恥ずかしいのだろうか、そう口にすると、静子はすぐに顔を隠した。
「キスして欲しいの?」
「・・・・・そう、です。」
両手の下から、小さな呟きが聞こえる。

「わかった、ちゅっちゅしてあげるよ。」
誠人はパジャマの腰に手をかけ、ゆっくりめくっていった。
しっとりと汗ばんだ白い肌が、指先に吸いつきそうなほど滑らかだった。
小さ目だが弾力ある乳房が下から顔を出していく。
そしてパジャマに引っかかった乳首がぷるんと弾かれ、姿を現した。
彼が優しく唇を当て、ピンクの先っぽをちゅうっと吸う。
「ああっ!あっ!い・・・いいっ!」
両手の下から垣間見える口元は、明らかに喜びの表情だ。
「あっ!ねぇ、反対にも・・・お願い、んっ!」
して欲しいところを彼女が次々に求め
その素直な望み通り、誠人は全身へキスをする。
「ここ、食べ過ぎて脹らんでるよ。」
夕食で膨れたお腹にも彼は優しく唇をあてた。
「や・・・恥ずかしい。」

パジャマの下も脱がし、パンティだけになったお尻にもキスをする。
そして、誠人は太ももの間に頭を割りいれると、熱く蒸れる淫靡な性臭を
鼻先に感じながら、すでにじっとり濡れている布越しに秘部をつつき始めた。
「静子、ここにもちゅっちゅするかい?」
「あん!やだ、そんな汚いとこ・・・」
「でも欲しいんだろ?言わなきゃまた焦らすよ。」
さっきと同じように、触れるか触れないかぐらいの指使いで
彼はパンティの亀裂をぬるぬるくすぐり、ひくつく妻の亀裂を焦らした。
「ほら、ちゅっちゅして欲しいんだろ?」
「ぁあっ!やぁっ!あぁ!」
求めるように蠢く腰が、彼女の欲望を表わしていた。
「わか、わかりました!そこにもちゅっちゅして下さい!」
「ん、素直になったね。可愛いよ。」

 誠人はするりと最後の一枚を降ろすと
肉欲に正直になった妻へ御褒美を与えてやった。
舌を待ち受けて震えるピンクの核を吸い、舌先でチロチロくすぐる。
「あぁあっ!そこぉ!あっ!もっとぉ!もっとちゅっちゅしてぇっ!」
顔を隠すのも忘れ、両手で彼の頭を掴んだまま新妻が悶える。
彼は赤く熟したひくつく秘口へ指を差し入れると、愛情のこもった指使いで
妻の肉壁へ次々に喜びを与えていった。

「やっ!あの、指じゃなくて。」
急に静子が両手で彼の頭を押さえた。
「その・・・誠人さんのが。」
そこまで言い、顔を反らして片手で目を覆う静子。
「やだ。あたしこんなこと言うなんて、信じられない・・・」
彼女の羞恥心はすべて消えていなかった。だが静子は恥じらいに耐え
欲望のまま素直になろうと努力しているのだ。
「静子・・・・」
一層つのる愛しい想い。惚れ直すとは、こういうことを言うのだろう。

「ほら、静子が欲しがってたものだよ。」
「ぅぅんやだぁ、そんな言いかた・・・」
「欲しかったんだろ?」
「・・・・・はい。」
誠人は、数日間の禁欲のせいで破裂しそうなまでに怒張した彼自身を
粘膜と肉の入り口にあてがうと、ゆっくり交わっていった。
「あっ!誠人さんのが!ああっ、入って!はんんっ!」

正常位で彼が肉棒の先端を進める。突き当たっては戻りを繰り返し
深く、浅く、彼は行き止まりの壁を幾度も肉棒で突きあげる。
「あくっ!それ、あんまり気持ち良く・・・」
「じゃ、どういうのがいいの?これかい?」
「んふっそれも・・・」
「それともこれ?」
「あっ、あぁっ!そうです、それです!」
「回されるのがいいんだね?」
「は、はい!んくぅっ!それが、ああっ!」
望み通りの腰使いでリズミカルな回転を与えるたび、彼女の顔が歓喜に震えた。

 彼女が大胆になってゆく。我を忘れて欲望に素直になってゆく。
その後体位を変え、誠人が下から突き上げる形になっても静子は嫌がりもせず
髪を振り乱して喘ぐほど悦楽に対し従順になっていた。

騎上位で下から腰を回していた彼が、ふいにその動きを止める。
「ねぇ、静子の好きなように動いていいよ。」
「ぁんやだぁそんな・・・」
静子は口では恥じらい戸惑っていたが、下半身はもう行動を始めていた。
可愛らしいヒップが快楽を貪ろうと、卑猥なグラインドを繰り返す。
「いやぁ・・・どうしよう。」
「どうしたの?」
「あたし、どんどんすけべになっちゃうよぉ!」
「いいよ。すけべになっていいんだよ。」
「やだぁ、すけべだよぉ!あたしすけべだよぉ!」
誠人の上でくねくねといやらしく腰を蠢かす静子。
「すけべぇ!すけべだよぉ!」
うわごとのように幾度も叫ぶ。悦楽を求め、貪る喜び。
肉壷の壁を自らが望むままかき回すという
新たな喜びに彼女は目覚めてしまったのだった。

「ふぁぁあ・・・だめぇ、もうちから・・・・・はいりません。」
すっかりとろけ、汗だくになった静子がくたりと彼にもたれかかった。
「ねぇぇ最後は誠人さんがいかせてぇ。」
「うん、いいよ。イかせてあげるよ。」
甘える妻の望むまま体位を変え、今度は誠人が上になった。

枕をつかむと新妻の細い腰の下に敷き、持ち上がった状態にさせる。
下半身の自由が増した彼女は、夫が攻めると同時にもう腰をくねらせ始めていた。
「あひっ!あっ!いっ、いい!すごくいいんです!」
始めは、ぎこちなくタイミングの合わない動きだったが
二人のリズムは、すぐ息が合うようになっていった。
回し、突き、えぐり、抜き、また回し、一貫性のない不規則な流れのはずが
どこで判るのか同調させた動きで腰を蠢かせる誠人と静子。
互いを思いやり、相手の心を深く求め合う二人だからこそできるのだろう。

「あっ!もぅ!あああっ!もぉっ!」
小刻みな震えが彼女の限界を表わしていた。
「イきそう?イきそうなんだね?」
「はい!ねぇ、お願い、一緒に!一緒にいって!」
 喜びに震え、新妻が最後の一瞬を求める。
悲しみの中で絶頂を迎えていた静子が、もう何年も前の存在に思えた。
彼女の手を握り、優しく導く誠人。互いを見つめ、視線で心を交わし
二人は最高の瞬間を目指して昇りつめていく。
「いくよ!中にしちゃうよ!」
「ああっはい、きてぇ!きて下さい!いっぱい出してください!」
「いくよ!いくよ!うっ!ぐっ!」
「あぁあっ!あなたぁ!あっ!ぁあっ!ああああぁ〜〜〜〜〜!」
抜く動作のない、壁をこねるような突き回しを繰り返し
誠人は粘つく液体をビュッビュッと解き放つ。
祝福の白いほとばしりは、妻の奥深くへ立て続けに注ぎ込まれていった。


「・・・・・・・・・・はぁ、はぁ、ふぅ・・・」
深い絶頂が終わり、静子は幸せそうにぐったりしていた。
汗ばむ額に髪が張りつき、心地良さそうにとろんと瞳もとろけさせる静子。
ふと、彼女のまぶたが開き、誠人と視線を合わせた。
が、その瞬間。驚いたように彼女が慌てはじめる。

「あっ!やっ!駄目っ!」
「な、なに?どうしたの?」
「恥ずかしいの!すっごく恥ずかしい!!」
静子は思い出したかのように、ぱっと両手で顔を隠し
足をぱたぱたさせるしぐさをさせた。
どうやら今まで忘れていた羞恥心を取り戻したらしい。
「あぁん!消えちゃいたぃ〜!」
頭を左右に振りながら、足をぱたぱたし続ける静子。
「・・・か、かわいいよ!すっげーかわいい!」
「可愛くなんかないわよぉ〜!」

『お嬢様』とあだ名がつくほどおとなしい性格のせいで
人前でも一人の時でも、自分を開放させる機会がなかったのだろう。
赤ん坊の時以来、生まれて初めて本能のまま
欲望を求めてしまった彼女が我に返り
恥じらう姿はとても可愛らしいものだった。

「可愛いよ、静子!」
誠人の欲望が再び燃え上がる。
まだ抜いていなかった彼のモノは中ですぐさま回復した。
「やっ!ぁん!お願い、少し休ませて。」
「ごめん、もう止まらないんだ。」
「もっ、もぉっ!」
再び始まる注挿の繰り返しに静子は抗議の悲鳴を上げたが
その顔は決して前のような悲しみに溢れたものではなかった。

          ◆

 それから数ヶ月が過ぎた日曜日。
誠人が沼田夫妻宅へ出産祝いに来た時。

「で、今度はなんの相談なのかなぁ〜?」
毎度毎度のことながら、何かあるたびに相談を持ち込む誠人に対し
三也が冗談半分の強ばった笑顔で微笑んだ。
「あは、ははは・・・」
側に座り、赤ん坊を抱いたまま苦笑いする夏海。
彼の怒りが冗談であるのを承知なのだろう。

「たとえば、奥さんが積極的になりすぎるのか?
 アナルを知りたいってか?縄か?ローソクか?鞭か?
 それともあんさん、やっぱり前の泣き顔がいいってか?」

などと言いつつ、彼の手は新聞紙を筒状に丸めている。
「ほれほれ、つっこむ準備はいつでもできとるで〜!」
つけっぱなしのTVでやっている昼の漫才劇のせいか
三也の言葉もやけに中途半端な関西弁だった。

「いや違うんだ。そうじゃなくて!」
「そうじゃないんなら何なんや〜?」
「その・・・あいつ妊娠したみたいで。」
「は?」
「いま三ヶ月だって。今日は、それ・・・知らせたくて。」
どこか照れくさそうに誠人が打ち明ける。
「は・・・ははは、そうだったんか!いや〜すまんすまん!
 それならそうと早く言えよ〜!」

誤解していたのを濁し、三也が誠人の肩をばしばし叩いた。
「や〜こら祝杯あげんといかんなぁ。よし!それじゃ今から飲むぞ!」
「はは、ありがとう。それで、一つ聞きたい事があるんだけど。」
「ん?なんや?何でも言うてみぃ!」
三也はかなり上機嫌になっていた。

「妊娠何ヶ月目まで、Hしていいのかな?」
「やっぱそっちの話かいーっ!」
『スパーーーン!!』
「ふぇぇ!ふぇぇ!」
かん高い新聞紙のツッコミに続いて、赤ん坊の泣き声が住宅地に響き渡る。
よく晴れた日曜日、平和な午後の出来事だった。


『夫婦の秘めごと』 (完)

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