byオゾン
| エピローグ 「彼の財産・彼女の遺産」 すべての事が終わった後、すっかり心を許し合った主人とメイドは ベッドの上で寄り添うように横たわっていた。 健一郎は自分のメイドに腕枕をしてやり、彼女を抱いたまま天井を見つめていた。 腕枕は彼女がねだったもので、それは彼女の甘えたがりな性格をあらわしていた。 まどろむような心地よい気だるさの中、ユカは自分の頭を主人の右の腕にあずけ その胸板を細い指でさすりながらうっとりと肌の感触を楽しんでいる。 「ごめん・・・」 ふいに健一郎が天井を向いたまま、ぽつりとつぶやいた。 「え?・・・・」 何の事か判断できず、ユカが疑問の声をあげる。 「俺、君の事を人間として見てなかった。 ただの性の奴隷に、玩具にしてやろうと思ってた。」 「ご主人様・・・」 自分は子どもの頃から父親を恐怖し、親から道具のようにしか扱われてなかった。 そのせいで他人を怖がり、顔色を伺う事ばかり得意になっていた。 他人とつきあう事にあきあきして親が死んだ後、財産だけを引き取り 会社の経営を放棄してしまった。そんな過去をユカに話す。 彼が愚痴る。結局は自分は何も生み出さない父の道具だった。 自分こそが奴隷だった。財産は残しても意思は残してくれなかった。 そして、いつの間にか自分も父親のように奴隷を求めていた。 自分を最低だとなじっているところで彼女が訂正する。 でも、最後は私を愛してくれた、と。 あたしは子どもの頃、母親に逃げられ父親だけで育てられました。 父親は他人に優しすぎて膨大な借金を残したけど、誰かに優しくする事を教えてくれた そしてその借金のおかげであなたに会えた。 父にもあなたにも感謝している、とユカは優しく語る。 憎んでないのか?と健一郎は問う。 借金の肩代わりにお前をあの会社から買って、さんざん酷い事をしてやろうと 思っていたこんな最低な自分を憎んでないのか!?半ば感情的になり彼は叫ぶ。 「憎むもなにも、あなたは私のご主人様じゃないですか」 にっこりと微笑んでユカが答えた。 「今まで、愛する気持ちを知らなかったんですね」 さっきまでとは逆に、今度は彼女が健一郎の心を理解する。 「そうなんだ! 俺は人の顔色は読めても『愛』ってのが判らない 最低な奴なんだ!だから俺はお前の主人になる資格なんかな・・・・!」 彼の言葉はそこまでだった。ユカは自分をけなし続ける主人の口をキスでふさぎ 罵倒を中断させる。優しい顔で首を横に振り、その言葉と考えを否定した。 「そんな事ありません。ついさっき『愛してるよ』って 言ってくださったばかりじゃないですか。」 「あ・・・」 ユカはそのまま言葉を続ける。 「私は、ご主人さまが大好きです。だから、ご主人様に好きになってもらえるように。 ご主人様にもっと『好き』っていう気持ちがわかるようにしてあげたいです。 愛する気持ちはこれから覚えればいいでしょ?」 その時、健一郎の中で固く閉ざされていた何かが崩れたような気がした。 執着していた思考が壊され、新しい意識が彼の心に流れ始める。 「は・・・ははは、・・・まさか君に何かを・・・教えられるなんて・・・」 目に涙を滲ませる健一郎。もう自分が惨めだとは思わなくなっていた。 自分の事を思ってくれる人がいて、それに答える事ができる。 初めて体験する新しい満足感に満たされ、実に幸せな気分だった。 「うん、確かにそうだ。愛は、これから覚えればいいんだ。 頑張って覚えるから、しっかり教えてくれよ。 俺もそのぶん・・・いっぱい愛してやるぞ」 「はい、ありがとうございます。ご主人様!」 ユカは健一郎に抱き着き。嬉しそうにそう答えた。 「あの・・・それで、できればでいいんですけど・・・」 急にふっと顔を上げ、主人に向かってすまなそうに切り出すユカ。 「ん?なんだい、何でも言ってごらん?」 「それじゃ・・・お言葉に甘えて・・・」 下を向いてもじもじしながら彼女がそっと口を開いた。 「もう一度・・・・・して、もらえませんか?」 これにはさすがに健一郎も呆れて目を点にしてしまう。 「おいおい、あれだけ激しくしておいて、まだ足りないのか?」 「あの、疲れてるのなら結構ですけど・・・」 やれやれと言うようなため息を一つつき、彼が微笑んだ。 「いいよ。だいぶしんどいが、あと1回ぐらいならできそうだ。 いやらしいメイドの為に、もうひと踏ん張りしてやろう」 その言葉に頬を染めつつ、ユカが感謝する。 「あ、ありがとうございます。疲れてるところなのに、すみません」 「こら。『申し訳ありません』と教えたはずだぞ」 「あっ、ご・・申し訳ありません」 「ははは・・・」 「ふふふ・・・」 しばらく続いた二人の笑い声はその後、次第に愛し合う時のものへと移っていった。 主人とメイドの新しい人生はこれから始まる。 「契約の夜」 完 |