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『さよなら』 セイドメイドシリーズその6

byオゾン

第3章「時間の止まった遊園地」

 日曜日の朝10時。僕は、駅前で待ち合わせていたユカちゃんの姿に驚いた。
衣替えの過ぎた10月にはちょっと似合わない夏用のセーラー服だったからだ。
「えへへ、似合わなかった?」
「う、ううん。そんなことないよ!」
「驚かせてごめんね。どうしても一度着てみたかったの」
彼女はそう言って茶目っ気そうに笑った。

昨日の晩、ユカちゃんから電話がかかってきた時、僕は信じられなかった。
彼女と一日だけ、二人きりで会えるというのだ。
「あいつはいいって言ったのか?そのまま連れて
 どっかへ逃げちゃうかもしれないんだぞ?」
「ううん。ご主人様は私の事信じてますから」
受話器の向こうから聞こえる声に胸がズキッとしたけど
ユカちゃんとまた会える嬉しさの方が大きかった。
それによく考えてみれば、彼女を説得できる機会かもしれない。

 ユカちゃんが決めた待ち合わせ場所は、僕が普段遊ぶ場所とは
やや離れた駅の前だった。3年前ぐらいまでは活気のある街だったけど
遊びや買い物にもっと近くて便利な場所ができたせいで
最近ここらへんはさびれる一方だ。僕もここに来るのは久しぶりだった。

「でも、なんでここなの?遊ぶにしたって、もっと近くていいとこあるのに」
「うん、他のみんなと偶然会って、色々聞かれるのも嫌だし・・・」
そう言えばそうだ。売られていった噂があるんじゃ
知ってる人になるべく会いたくないのは当然だろう。
「そっか・・・ごめん」
「やだ、ただし君てば。謝らなくてにいいのに」
僕を慰めるように、ユカちゃんは明るく笑った。

「それに、ここ遊園地あったでしょ?ほら、小学校の頃よくお父さん達に
 連れてってもらったじゃない。まだあそこ、やってるよね?」
「あ、うん。大丈夫・・・だと思う」
とりあえず駅前から出ているバスに乗って、僕とユカちゃんは遊園地に向かった。
バスの中では、彼女の夏服をちょっと不思議そうに見る目があったけど
僕はそんな視線から彼女を守る為に、そいつらをにらみ返してやった。


  『まことに勝手ながら8月末をもって閉園いたしました』

遊園地の前で降りる人が異様に少なく、嫌な予感がしたのは当たりだった。
無情に閉じた門の前で、ペンキの色あせた閉園の看板が揺れていた。
「あ〜あ、残念・・・」
どうやら3年前、ここより近くにアトラクションパークができたせいで
元々少なかった客のほとんどを取られて、とうとう潰れたらしい。
遊具も古くてちっちゃいのしか無かったから仕方ないだろう。
「知ってる場所がどんどん無くなってくのは、ちょっと悲しいね」
僕はそこでやっと気がついた。ユカちゃんがこの街を選んだのは
小さい頃、お父さんと遊んだ思い出の為でもあるんだ。
胸の奥が締めつけられるように痛む。僕は彼女に何かしてやれないだろうか。

「ねぇユカちゃん。誰も居ないみたいだし、ちょっと入っちゃおうか?」
「でも、どうやって?」
誰が開けたのか知らないけど、植え込みで隠れて気づきにくい場所に
柵の金網が切り開かれてるのを僕は指差した。
四つんばいになればどうにか通れそうな穴だ。
悪いことをするのは、僕の名前からしてちょっと気が引けるけど
彼女の為なら何だってできそうな気がした。


「わぁ、懐かしい!」
「ほんとだ、全然変わって無いや」
僕とユカちゃん以外、誰もいない静かな遊園地は不思議な世界だった。
それほど広くないし、乗り物が全部止まってるから大したことは
できなかったけど、幸い遊具はまだ解体されていない。

昔のままの遊園地。時間の止まった遊園地。
小さい頃を思い出して動かないメリーゴーランドの馬にまたがったり
その場で回せるだけのコーヒーカップに座ってハンドルを回したり
それだけでも懐かしくて楽しくて、僕達は笑った。

でも、活気の無い遊園地でどんなにはしゃいでみても
心の隅っこがどこか寂しくて・・・とても切なかった。
僕と同じ思い出をここに持ってるユカちゃんも、同じ想いなんだろうか?
結局、ほんの一時間ほどで閉園した遊園地巡りは終わったのだった。

「あはは、楽しかったねぇ正君」
それでもユカちゃんは、帰りのバスの中で満足そうに言ってくれた。
僕は彼女のそんな笑顔が見られただけでとても嬉しかった。
それから、駅前のファーストフードで昼飯をすませ
残りの時間はカラオケで潰して僕達の一日が終わった。

          ◇

 帰りの電車の方向が同じだったので僕の降りる駅に着く前に、家に誘ってみた。
たぶんダメじゃないかなと思ったけど、意外なことに彼女はすんなりOKしてくれた。
「変なことしないなら、いいよ」
「あ、ああ・・・」
その言葉にドキッとする僕。実は前、ユカちゃんが家に来た時
強引にキスしようとした過去があったのだ。
その時は彼女が暴れているうちに僕の唇が切れたんだっけ。
血を流した僕に驚いてユカちゃんは慌てて帰っちゃったんだ。
確か、中学の卒業式が終わった後の春休みだったよな。
それから気まずくなっているうちに、彼女の家の事情で会えなくなったんだっけ。

親二人がまだ帰ってきてないのがラッキーだった。二人で僕の部屋に入る。
「へへっ、ただし君の部屋も久しぶりだね」
ユカちゃんもあの時を思い出したのか、ちょっと気まずそうな雰囲気だった。
「ねぇ、ユカちゃん・・・」
「ん?」
チャンスだ、説得するのは今しかない。僕は彼女に向かって話す。
今の生活はおかしいはずだよ、考え直さないか?
本当にこのままでいいのか?本当は嫌なんだろ?
「ううん、嫌じゃない」
「そんな!」
「あの人のそばにいたいの。ふふっ、自分でも驚いちゃった。
 だってこの制服着てても、ご主人様のことが頭から離れなかったんだもん」

悔しかった。二人きりでいたはずなのに、彼女はずっとあんな奴の事を思ってたんだ。
「なんでだよぉ、あんな・・・半分しか荷物を持ってやらない奴なんて」
「それは違うわ。荷物はね、全部持ってもらっても嬉しくないの。
 二人で一緒に持つのが嬉しいのよ」
覗いていたことがばれても、何も文句を言わないユカちゃん。
僕よりずっと大人の意見を口にするユカちゃん。
彼女にとって、僕はだだをこねる子供でしか無いんだろうか?

「だって、それでもおかしいじゃないか!そんな生活でいいのかよ!」
メイドと主人の関係。そんな状態で愛し合うなんて変だ。
それが言いたくて、いつのまにか僕は大きな声で怒鳴っていた。
「確かに普通の高校生の生活が出来ないのは寂しいわ
 でも、そのかわり素敵な人といられるの」
「・・・あいつの事、好きなのか?」
「うん。それにご主人様って、私無しじゃ生きていけないから」
「そんなの俺だって!」
「正君は強いわ。今だってちゃんと暮らしてるじゃない」
僕はどう答えればいいのか判らなくなった。弱いのは嫌いだから、強いと言いたい。
でも、そう言ってしまうとユカちゃんが僕から離れていきそうで言えなかった。

「ねぇ、ただし君って・・・あたしが居なくなった時、泣いた?」
「な・・・泣かないよ。泣くもんか!」
昨日、あいつとユカちゃんの前で泣いてしまったことを思い出し
僕は慌てて否定した。やっぱり弱いと思われるのは嫌だ。
「デパートでね、あたしが戻ってからあの人どうしたと思う?」
「どうしたって・・・何かあったの?」
「うん。実はね・・・あの人ね、泣いちゃったの」
「え?」
「ふふっ、おかしいでしょ?あたしがちょっと居なくなっただけで
 人前であたしにしがみついて、わんわん泣き出しちゃったの」
信じられなかった。俺を一撃で倒したあいつが泣く姿は想像できなかった。
「ご主人様はね、ただし君から見れば大人に見えるけど
 ほんとはずっと子供なの。だから、あたしがいなきゃ駄目なの」

大人って何だろう?子供って何だろう?
強いって?弱いって?僕の心で疑問がグルグル回り続ける。
「それに、昨日の夜だって・・・・あ、ご、ごめんね!」

慌ててユカちゃんが口を閉じる。どういう意味だ?夜?
謝らなくちゃならないこと?ふいに僕は気がつく。
そうか、やっぱり肉体関係があったんだ。彼女はあいつと・・・

「く、くそぉぉっ!」
悔しくて、とても悔しくて僕はユカちゃんをカーペットに押し倒していた。
「あっ、やっ!変なことしないって言ったじゃない!」
ユカちゃんの声はもう聞こえない。後は無我夢中だった。

「ユカちゃん!好きだ!好きなんだ!」
彼女の上に覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめる。
柔らかいおっぱいの感触が制服ごしに伝わってくる。
抑え切れない想いはどんどん加速して、止まらなかった。
「いやぁ・・・あぅっ!」
片方の胸に、ほお擦りをしながら反対側を揉むと、小さく彼女が喘いだ。
いい匂いがする。セッケンのようなシャンプーのような、それでいて
甘ったるい感じのする女の子の匂い。好きな気持ちがどんどん強くなる。

「汚さないで・・・」
「うん、分かってる」
大事な制服なんだ、汚しちゃまずいもんな。
「思い出を汚さないでよぉ」
「・・・・・え?」
見上げると、ユカちゃんは涙をぽろぽろこぼして泣いていた。
「どうしてあたしが制服着て来たのか判ってるの?
 どうしてあの遊園地に行きたかったのか判ってるの?
 あたしの・・・思い出を汚さないでよ・・・」

僕はそこでやっと我に返った。自分が凄く情けない。
「ごめん・・・・・」
何も弁解できなくて、ただその一言しか言えなかった。

 タクシーが僕の家の前に着いた頃、あたりはすっかり夕暮れ時だった。
「あたしは幸せよ。だから、心配しないで」
ユカちゃんはそう言って僕を慰めると、右のほっぺたに軽くキスをしてくれた。
たぶん、今、僕にできる精一杯の慰めがこれなのだろう。
「それじゃ・・・またいつかね」
「・・・・うん」
にっこり微笑んだユカちゃんがドアを締め、ガラスごしにバイバイする。
僕はキスされたほっぺに手をあてて、彼女の言葉をを何度も頭の中で繰り返しながら
タクシーが走り去って行くのを見送っていた。

 僕はやっと気がついた。
結局、僕がユカちゃんを助けたいと思ってたのは、ただの一人よがりだったんだ。
彼女がいなくなって虚しくなってた自分を、何とかしたいだけだったんだ。
ユカちゃんを、じゃなくて自分を助けたかったんだ。
そして、彼女が今日僕に会ってくれたのは、きっと僕を助けたかったに違いない。
ユカちゃんを救うつもりが、逆にユカちゃんに救われちゃたんだよな。

柔らかな感触がまだ残っているほっぺたを押さえながら僕は思い続けた。
さっきまでの心のポッカリも、どうにも出来ない悔しさも和らいでいる。
立ち止まっていた心が、また歩き出し始めたような気がした。

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