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『素顔のメイド』 セイドメイドシリーズその4

byオゾン

第2章 「秘め事、憎しみ、決意」

 それは、俺が中等部に上がった最初の年の事だった。

蒸すような暑い夏の寝苦しい夜だった。だが、寝室が暑かった訳ではない。
寝室の冷房は万全で、よく効いていたからそのせいでは無いだろう。
しつこく言っていたにも関わらず、マリィが一緒に風呂へ入ろうとしたからだ。

その時は怒鳴って追い返したが、曇りガラス越しに見えた彼女の下着姿が、
脱衣場から彼女が顔を覗かせた時、ちらりと目に入った乳首が焼きつき
一人で処理した後も脳がカッカと火照ったままでどうにも寝つけなかった。

 こういう時、俺はトイレに行くついでに遠回りをし、静まった廊下を歩き回った。
夜の廊下は好きだ。誰も人がいないから。自分だけの世界だから。
ただ、明かりを点けずに歩くので、たまに出くわす執事や守衛らを驚かせたが
そのうち向こうも慣れてきて何も言わなくなってしまった。

気ままな夜の散歩は楽しいものだった。闇は別に恐くない。
人の心に渦巻くどろどろした闇に比べたら、夜の闇など静かなものである。

 冷房のない廊下の、むわっついた空気を肌に感じながら
その夜もいつものようにあちこちをふらついていた。
花瓶に触れ、磁器の冷たさを味わったり、廊下の闇に浮かぶ絵画の
昼間と違う色合いを楽しんだり、庭の照明にたかる虫を窓から眺めたりする。
気まぐれでたまには庭へ出てみようかと思い、一階まで降りたのだが
防犯用に猟犬を放っていたのを思い出して、しぶしぶ部屋へ戻ろうとした時。

「・・・・・っ・・・・・ぁ・・・」
どこからか、叫ぶような小さな声を聞いた気がした。

 普通なら何も考えず聞き流し、階段を上がっていただろう。
だが、それがマリィの声に思えたのと、叫び声らしい雰囲気だったのとで
どうしても気になり、俺は聞き耳を立てて暗がりを忍び歩いた。

 どこだ?どこからだ?マリィなのか?
嫌な予感がした。良く判らないがとにかく嫌な予感だった。
「・・・はっ・・・・ぁぅ・・・・んっ」
声がだんだんはっきりしてくる。すすり泣くような、喘ぐような声。
マリィに間違いない。額から汗がにじみ出る。どくどくと鼓動が速くなる。

声に誘われ、たどり着いたのは彼女の部屋の前だった。
扉は閉まりきっていない。少し開けば音を立てずに覗くことができるだろう。
胃がきしむ。危険信号。心の中から覗くなという叫び声がする。
だがどうしても我慢できなくなった俺は、汗ばんだ手でノブをつかむと
音を立てないようゆっくりと、片目で覗ける程度までドアを開いていった。

冷房の無いメイド用の個室から、廊下より更に湿っぽい熱気がむわっと溢れる。
粘り気のある唾をごくりと飲み込む。喉はもうカラカラの状態だった。
「あっ!・・・・んんっ、はんっ!」
そこには、枕元のライトだけが光る薄暗いベッドで
何も身にまとわず、四つんばいになる彼女の姿があった。
暗く黄色っぽいスタンドの灯りにマリィの肌が汗ばみ、きらめく。
そして、マリィの尻を後ろから突いていたのは・・・俺の父親だった。
後ろ姿で顔は見えなかったが、二人に間違いなかった。

「んふ・・・あぅっ!・・・・・・・はぁぁ」
腰の動きに合わせ下に向いた乳房が揺れ、マリィが切なそうな吐息で喘ぐ。
俺の全身からどっと汗が噴き出す。胃袋が悲鳴を立ててよじれる。
今すぐ逃げ出したかった。でも、どうしても目が離せなかった。
「ふわぅぅ・・・・・ふぅぅ!んん!」
『じゅぷっ、じゅぷっ、じゅぷっ・・・』
彼女の股間からと思われる粘つく音がここまで聞こえてくる。
『ペチッ!ペチッ!パンッ!パンッ!パンッ!』
腰と尻がぶつかり合う音が、熱気と汗と性臭で蒸れる部屋中に響いている。
マリィの脇下を伝った汗が乳房を走り、ピンクの先端までたどり着くと
ゆさゆさ乳房が振られるたび滴り落ちていった。
嘘だと思った。夢だと思いたかった。

 ふと思い出す。今にして考えればユカが冴に襲われていた時
動けなかったのは、多分このトラウマが原因だったのだろう。
一番大切な相手を寝取られた光景が重なってしまったからなのだろう。

 気がつくと俺はトイレに駆け込み、胃に残っていたものすべてを吐きだしていた。
吐いて、吐いて、胃液すら吐き尽くしても鳴咽感は治まらなかった。
「ぐっ・・・・・ううぅっ!・・・うぁぁ!」
嫌な油汗がじっとりと顔に浮き出、涙が自然に流れてトイレの床に落ちる。

『裏切られた』
理由は判らないがそう思えた。その言葉だけが頭の中をグルグル回っていた。
悲しくて、悔しくて、腹ただしくて。でもどうすることも出来なかった。

寝室に戻った俺はベッドに倒れ込み、腹を押えたまま
眠れない夜を朝まで過ごしたのだった。

          ◆

 次の朝、起きる時間になっても俺の具合は悪いままだった。
学校を休み、朝食も食べず、ただシーツの上で丸まっていた。
父親はいつもの事だと思ってか様子を見にも来なかった。

『コンコン』
「坊ちゃん、お昼ご飯ですよぉ。」
12時近くになり、マリィが俺におかゆを持ってくる。
だが、彼女の顔を見る事はできなかった。背を向けたまま
朝、学校を休むと言った時と同じ格好で、じっとしていた。

「まだ、治んないんですか?」
心配そうに声をかけるマリィ。原因が自分にあるとも知らず
俺に優しくする彼女がいまいましかった。

「はい、坊ちゃん。あ〜ん・・・ほらぁ、坊ちゃん!あ〜んしてよぉ!」
看病すらも楽しむようにマリィはだだをこね
俺はしぶしぶ卵混じりのかゆを喉に流し込んだ。
「うん、全部食べちゃった。えらいえらい。」
ニコニコしながら俺の頭を撫でる彼女。いつものような子供扱いだ。

 その時の会話はあまりよく覚えていない。
多分、子供扱いされたのに対し、俺が怒ったのだと思う。
いくつかやりとりをした後、気がつくと俺は
言葉を荒立て、マリィに食ってかかっていた。

「だったら、なんで父さんとセックスしたんだよ?見てたんだぞ!俺は!」
びっくりした顔で彼女が戸惑う。
「でも、でも、坊ちゃんがしないうちは相手をしてやるって、旦那さまが・・・」
「だったら、なんでそれを俺に黙ってたんだよ!?」

 心を隠さず、何でも素直に話してくれるマリィ。
俺を慕い、色々聞いてくる知りたがり屋のマリィ。
その彼女が俺の目の届かないところで父親に体を許していたのが
どうしても許せなかった。信じられなかった。
だが、それに対する彼女の答えは、俺の予想もつかないものだった。

「だって・・・・・聞かれなかったですもん。」
「・・・・・・・・・・」
「あたしは坊ちゃんのこと知りたくて、いつも色々聞いてるのに
 坊ちゃんは、あたしのこと何も聞いてくれません。
 なのに文句言うなんて・・・ずるいです。」
可愛いふくれっ面をして、マリィは不満気に文句を言った。

 そう、マリィは隠している訳ではなかった。
ただ、俺が聞かなかっただけなのだ。
俺は彼女の事をもっとよく知ろうとしていなかった。
閉じられた本のようにページを捲ればすぐに読めるものを
俺は表紙を眺めているだけで満足し、開こうとしなかったのだ。
「わかった。もういい・・・」
自分が原因だったのを理解し、俺は彼女に不満をぶつけるのをやめた。

 だが、このままでは腹の虫が収まらない。
マリィを父親に取られっぱなしというのが、どうにも我慢できなかった。
そして俺はとっておきの反抗をしてやろうと心に決めたのだった。

今から考えると本当に幼稚な反抗だった。そんなものは別に反抗でも何でもなく
父親が計画した通りの思惑だったのだから。
だが、当時の俺はマリィを取られたという思いに頭がいっぱいで
自分の単純さに気づく余裕すら無くなっていた。

「けど、一つ命令しておく。お前は俺だけのメイドだ。
 もうあいつとは寝るな。他の誰とも寝るんじゃない。」
「はぁ〜い・・・」
純粋に性行為が出来なくなった不満を表に出し、しぶしぶ答えるマリィ。

「そのかわり、これからは俺が相手だ。」
続けて言った言葉にマリィがきょとんとする。そして、どういう意味なのか
理解した彼女の表情がみるみる明るいものに変わっていった。
心の変化が、喜びが、まるで大声で叫んでいるようにはっきり判る。
「は・・・はい!」
ほんのり頬を染めながら、彼女がとても嬉しそうに返事をした。

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