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『わがままな愛情』 セイドメイドシリーズその5

byオゾン

エピローグ 「欲しかったわがまま」

『残念だが、お前は抱いてやれんな』

愛してもらえると確信していた怜子にとって
その言葉は信じられないものだった。
「いきなり体で誘惑してきたんだ。罠と考えるのは当然だよな。
 どうせあいつに『お前の身体で誘惑しろ』とでも言われたんだろ?」
「・・・・・」
「図星だね?」
「でも・・・あたしもそれを望みました。だからあたしは・・・」
彼女の言い訳を首を横に振って制し、健一郎はそっとつぶやいた。
「あいつの思惑通りにするセックスなんて、俺はごめんだよ」
彼の言葉に、怜子の心で何かが次第に冷えていく。

「抱いて、くれないんですか?」
「ああ」
「・・・嘘、ですよね?」
「嘘じゃない」
「嘘です。健一郎様なら、そんなこと言うはず無いです!」
「理想像の押しつけだな。それは悪いわがままだ」
体を起こし、うろたえて叫ぶ怜子へ健一郎はきっぱりと言い放った。

「俺だってわがままさ。欲しがりで、独占したがりで。
 最近やっとわかったが、それは愛してるからこそのわがままなんだ。
 けど、都合のいい理想像の押しつけは、愛なんかじゃ無い」
「そんな・・・」
心の冷たさは渦を巻き、彼女を混乱させていく。

「おまえはいつもそうだった。俺でなく、俺に重ねた理想像しか見ていなかった」
「そ、そんなことないです!あたしはいつだって健一郎様を!」
「だったら、なぜ今まで何の連絡もよこさなかったんだ?」
「あ・・・」
「一度も会いに来ないのはどうしてだ?」
「・・・・・・・・・・」
怜子の顔が静かに青ざめていった。

「あいつに止められてたんだろ?」
「・・・・・・・はい、そうです。その通りです」
彼女の答えを確認し、健一郎はふぅと軽いため息をついた。
「おまえは頭が良すぎる。感情よりも損得で動くタイプだ。
 怜子が愛していたのは俺じゃなくて、俺に重ねた理想像だったんだろ?」

確かにそうだった。ただ苛められたくて彼を慕っていたのかもしれない。
彼を愛しているのでなく、苛められる立場に酔っていただけなのかもしれない。
「その理想像に苛められたかった。ただそれだけだ。恋でも愛でもない」

優等生で恋愛知らずだった怜子は、恋愛に対し心が未熟で幼なかったのだ。
恋に恋して、理想像を相手に押し付けていただけなのである。
結局、さっきのように一方的にさせられていたオナニーと等しいのだろう。
だから、ユカに対して嫉妬の心が沸かなかったのだろう。

「理想像を押しつけるわがままは好きじゃない」
「健一郎様・・・」
「俺が、お前にして欲しかったわがままはな・・・」
健一郎は寂しそうに怜子へ語りかけた。
「『会社に残れ』と言った俺の命令を無視するわがままだったんだ」
健一郎の言う通りだった。本当に彼を愛していたのなら
あの時無理にでも付いていくべきだったのだ。

「う・・・ううぅっ!」
つり橋の上で出会った恋は早く終わる。
それは高さからによる恐怖心が起こす錯覚だからだ。
自らの恋心の奥にある、冷酷でしたたかな損得感情を理解した怜子は
もはやその場に泣き崩れるしかなかったのだった。

          ◇

 静かな山合に車の遠ざかるエンジン音が響いていた。
その音は健一郎とユカのいる書斎部屋にもかすかに聞こえていたが
次第にか細くなっていき、木々のざわめきにまぎれて消えていった。

「ご主人様ぁ・・・」
健一郎の膝に頭をあずけ、髪の毛をゆっくり撫でられていたユカが呟いた。
主人の膝枕に甘える彼女の姿は、まるで甘えん坊な子犬のようだった。
「今日のご主人様はとても冷たかったです」
「そうかい?」
「・・・・・わざと、ですよね?」
ユカの質問に対し、健一郎はただ黙ったまま髪を撫で続けていた。

「あの人、とても悲しそうな目をしてました」
「・・・・・ユカ」
「はい?」
「優しくしてやりたくても、出来ない時ってあるんだな」
 その答えが何を意味しているのか、ユカはなんとなく理解した。
一番の愛情は、ただ一人の相手にしか与えられない。
だからもう怜子の想いに答えてやれなかった。
ユカの愛に答える為、自分の主人はあえて彼女を突き放したのだ。

「ご主人様ぁ、あたし悪い子です。ご主人様を一人占めしたがってる・・・」
「気にしなくていいよ。俺はユカのわがままが欲しいんだから」
彼女の顔にそっと手を差し伸べ、にじんだ涙をぬぐってやると
健一郎はユカの髪を優しく撫で続けたのだった。

「わがままな愛情」(完)

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