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『夜這い−ラストチャンス−

byオゾン

第3章 「告白編」

 扉をほんの少しだけ開いて部屋の中を確認する。
開けたドアの隙間から、ふっと彼女の部屋の匂いが漏れ、俺の鼻をくすぐった。
『どくん、どくん』女の子特有の、甘酸っぱい花のような香りで一段と鼓動が高まる。

室内からは、すうすうと一定のリズムの寝息が聞こえる。
俺は、麻弥が寝ているのを確認すると、部屋の中にそっと侵入した。
もう立っても大丈夫だろう。ベッドを覗き込んで、可愛らしい寝顔を眺める。

閉じた瞳にきれいなまつ毛。柔らかそうなほっぺたにうっすらと開いた唇。

『キスして・・・みたい』
寝顔を見る前は、ゆすり起こして告白するだけだと考えていた俺だったが
そんな欲望が自然とわき起こってしまい、慌ててその軽率な行為を否定した。

けど、こんな近くに、こんな近くに大好きな麻弥の唇があるなんて。
キスして、みたい。いや、駄目だ。どぉしてもキスしてみたい!寝ている時になんて卑怯だぞ!
ぐるぐると思考が回り、葛藤を始める。理性と本能が堂々巡りのまま言い争う。

 やばい。寝顔を見つめながら悩んでいる間に、だんだんキスしたい気持ちが強くなってきた。
もう会えないんだ。今が最後のチャンスなんだ。悩めば悩むほど理性が不利になる。

『好きなんだから・・・・いいよな』
とうとう耐えきれなくなった俺は、彼女の寝顔にゆっくりと顔を近づけ
そして、そのまま目を閉じると彼女の柔らかい唇にそっと自分の唇を重ねた。

暖かかった。そして、すごくやわらかかった。まったく力を入れてない唇は
マシュマロのように柔らかくふわふわとしていて、実感をつかむのさえ容易でない程だった。

 唇を重ねたまましばらくじっとする。純粋な愛おしさと、不純な欲望が同時にかきたてられ
鼓動が更に激しくなる。『どくん、どくん、どくん、どくん・・・』

 一旦膨れ上がった欲望は、そうそう抑えられるものではない。
いけないとは思ってはいたけど、それ以上に強い欲望が
布団の上に置いてあった手を、掛け布団の隙間から中へ滑り込まさせる。
止めようとする理性の拒否は、興奮した本能が相手ではまるで役に立たなかった。

 少しだけ、少しだけと自分に言い聞かせながら、そっと胸の上に手を置いた。
パジャマの上からでもよくわかる柔らかい胸の膨らみは
浅いお椀型をしていて、閉じた手のひらですっぽりと覆える程の小ささだった。
手のひらから伝わるぬくもりが、俺の心をとろとろと溶かしていく。

そして、『とくん、とくん』と奥から優しく響く心臓の鼓動。
ぽつんと頂にある小さく尖ったもの。

下半身の俺の分身は初めて触れる彼女の胸に感激して痛いほどに固く膨張していた。
血液の循環に合わせ、びくっ、びくっと俺の肉棒が脈動する。

 もう一度、口づけをしながら優しく両胸を交互に撫で回す。
どくどくと脳の中に甘い蜜のようなものが分泌しはじめ、理性を破壊し本能を刺激する。
何度もやめようとは思っても、撫で回す手を引く事ができなかった。

『我慢できない・・・・』
欲情はもう止まらない。手を少しずつ下に降ろし、へそから下腹
そして足の間へと向かって、右手がパジャマの上を滑り降りていき、彼女の
大事な所へとたどりつこうとした時

「やあっ!!」
突然マヤがとび起き、体をひねって背を向けた。

『起きてた!?』
思考が混乱する。なんて言い訳したらいいんだろう?
いやここまでしておいて言い訳なんて無理だ!

『どくん、どくん、どくん、どくん、どくん、どくん・・・・』
無言のまま、しばらく俺の鼓動の音だけが頭の中に響いていた。

「マヤ・・・そのままで聞いてくれ。俺・・・」
俺は、言葉をひとつづつ選びながら、たどたどしく自分の思いを打ち明けた。

初めて会った時、ひと目ぼれしてしまった時の事。
その日から一緒に暮らせる毎日がうれしかった事。
決して軽い気持ちでこんな事をしたのでは無い事。

話し終わった後も、彼女はこちらを振り向いてはくれなかった。

「ごめん・・・一方的にこんな事しといて、今更『好きだ』もないよな。
 じゃあ、俺。もう戻るから・・・」

そう言ってベッドから離れようとした時、彼女のつぶやきが聞こえたような気がした。

「ずるい・・・・」
『え?』
「あたしだって・・・ずっと・・・・・我慢してきたんだからぁ・・・
 明日から会えなくなるって判って・・・やっとこれで諦められるって思ったのに」

「マヤ・・・」
「辛くなるじゃない・・・お互い好きなまま離れるなんて・・・酷すぎるわよぉ・・・」
麻弥の声が、だんだんと悲痛な泣き声に変わっていく。
「マヤ。お前も俺の事?」

「・・・・・あたしも、初めて会った時からだったわ。
 でも、話せなかった。お母さんがやっと手に入れた幸せだったから。
 あったかい家庭だったから壊したくなかった。」

 そうか。彼女も俺と同じに苦しんでいたのか。同じ思いで苦しんでいたんだ。
そうだよな。告白したまま別れたら互いにもっと苦しくなるだけなんだよな。
俺はそんな事もわからずに・・・

「明日、もう一度親父たちを説得しよう!それが駄目だったら・・・
 毎日手紙書くよ。電話もする!夏になったら花火も見に行く。
 俺、絶対このまま別れたきりにしない!!」
「アキ君・・・」
「好きだよ。マヤ」

 振り向いた麻弥が涙で濡れる顔を見せる。
今まで、互いに打ち明けられなかった愛おしい気持ちを通じ合わせ
俺達は今度は一方的でない本当の意味でのキスをした。

愛しい、愛しい、愛しい、愛しい・・・
狂おしい思いは一気に高まり、彼女の背中に両腕を回して、きつくきつく抱きしめる。

ふっと、口づけを離した後、互いの瞳を見つめあう。
薄暗い月明かりに潤んで輝く彼女の瞳が幻想の様に美しい。

「気づいてた?」
永遠に見つめ合っていたい程の時間の中、彼女が急に口を開いた。

「お父さんとお母さんの前では、あたし『お兄ちゃん』って呼んでたけど
 二人きりの時は『アキ君』って呼んでたでしょ?」
「あ、うん。そう言えば・・・」
俺は数ヶ月間の記憶を思い起こし、麻弥の言葉が正しい事を確認した。

「あたしね、ほんとは兄妹として見て欲しくなかったの。
 あたしを・・・恋人として見て欲しかったの」

 ぜんぜん気づかなかった。彼女は何度も俺に向かってサインを送ってたんだ。
俺はつくづく自分の鈍感さを呪った。

「いいよ。アキ君なら。もう明日でお別れだもん。
 忘れないように、忘れられないようにあたしを・・・・抱いて」

自分で言った事がすごく恥ずかしかったのか、麻弥はそのまま黙りこくってしまった。
抱きしめ合い、重ねた彼女の胸の鼓動が、どくどくと高鳴っているのがよく判る。

「うん。お、俺。経験ないからうまくできないかもしれないけど。
 痛くないように努力するから。」
自分で言っててかなり情けない台詞を吐いているのが良く分かる。

「ううん。あたし我慢する。それに上手かどうかより、アキ君だって事の方が大事だもん。
 その・・・バージンは、アキくんにって・・・思ってたもん。」

「・・・判った。じゃ、始めるよ。」
「うん」

初めての二人の時間。そして、最後になるかもしれない二人の時を忘れないよう
俺はこの瞬間を一生心に刻み込む覚悟をした。

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