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『ひとときの夢』 セイドメイドシリーズその3

byオゾン

第3章「調教夢」

 冴は夢を見ていた。

眠っている本人が夢だと判る明晰夢。
その中で冴は過去の体験をもう一度繰り返していた。

 夢は健一郎と冴の新婚旅行から始まる。
旅行とは言っても、観光ビジネスで普段から世界中を回っている彼女にとって
名所巡りは旅行にはならない。むしろ仕事を思い出させるだけの苦痛である。
それを案じてだろうか、健一郎は観光よりも自分が所有する別荘で
旅行期間を過ごすことを提案し、冴や親族もそれにうなずいた。

「静かなところね・・・」
ベランダの手すりに頬杖をつき、潮騒の音色を聞きながら冴がつぶやく。

世俗から隔離された、南国に浮かぶ無人の離れ小島。
新婚旅行の行き先はそんな島に建てられた別荘だった。
「だろ?執事達も帰らせたから、二人で気兼ねなくゆっくりできる」
「何なら、あなたも帰る?」
イヤミを含んだ冗談を冴が口にする。
「ふふ、こんな美人を置いては帰れないな」
健一郎も冗談交じりにそう言うと、後ろから彼女の腰に抱きついた。

「ちょっと!気安く触れないでよ!」
新婚夫婦とは言っても、冴は健一郎に心を許してはいない。
彼はただの戦略結婚の相手であり、ビジネスを円滑にする手段にしか過ぎないのだ。
婚約のさいにつけた『結婚後も仕事を続けられる』という条件や
今のあからさまな態度から見ても、それは明らかだった。

夫のはずである男の腕を振り払い、キッと冴が睨む。
そして自身の胸に手をやると、彼女は誇らしそうに叫んだ。

「あたしは『ジェネラルコーポレーション』の『藤錦 冴』なのよ!」
それは、冴にとって普段から口癖になっている言葉である。

「ははは。もう藤錦(ふじにしき)じゃ無いんだろ?」
幾度も聞いたお決まりのセリフを受け流し、冴をたしなめた健一郎がニヤリと笑った。
感情の見えない不可解な瞳。彼の目には心の底まで見透かすような色があり
冴はそんな健一郎の瞳が気に入らなかった。

          ◆

「何するのよ!やめてって言ってるでしょ!」
「夫婦なんだろ?嫌がる理由は無いはずだぞ」
夜もふけた頃。別室で寝ようとした冴が、リビングの床に押し倒された。
バスローブの中から24歳の裸体が剥き出しにされる。
形の良い洋梨型の乳房と、その先端にあるサクランボのような大きめの乳首。
ゆるみの無いしまった腰に。つるんとしたヒップ。
高価な乳液により手入れの行き届いたきめ細かい肌は
上層階級の人間にふさわしいものであった。

「やめ!やめて!・・・やっ!」
バスローブの腰紐で後ろ手に括られ、健一郎のシャツで目隠しをされる彼女。
健一郎は風呂上がりのみずみずしい女体に指を這い回らせ
舌と唇で思うがままに冴の全身を味わう。
「やっ!あっ!触らないでっ!」
他人に、ましてや男に肌を触れさせた事が無く
自慰すらもした経験の無い彼女にとって、健一郎の陵辱は初めて体験する性行為だった。

 いたるところを撫でさすられ、吸いつかれ、舐め上げられる。
おぞましいはずの触感に快楽を感じ、求めたがってしまう屈辱に冴は苦悩した。
いっそ痛みを与えられた方がどんなに楽だったろう。
「ああっ!ひどい!こんなこと・・・・はあぅっ!」
一度も経験の無かった甘い感覚に冴は戸惑っていた。
汗ばんだ肌を撫で回され、乳首をそっと吸われながらもう一方をコリコリ玩ばれる。
目が見えないせいで余計に敏感になった肉体が、与えられる快楽に夢中になっていく。

「んぁうっ!あっ!そっ、そこぉ!」
冴が健一郎の与える快楽に完全に屈服し、処女を失い彼を中に受け入れるまで
それほどの時間はかからなかった。


 夜闇に鳴る潮騒の音色。幾度も繰り返す子守り歌のような
波音を聞きながら、ベッドの上で二人は横たわっていた。

健一郎は仰向けになり、枕代わりに頭の後ろで両手を組んでいる。
冴は彼に背を向けたまま、鼻をすすらせて泣いていた。
シーツを握り締め、憎々しげに彼女がつぶやく。
「くやしい・・・」
「ん?だったらどうする?自殺するか?それとも俺を殺すか?
 まぁ、どっちにしても『ジェネラルコーポレーション』の名前を
 傷つけるに違い無いがな」
「くぅ!・・・ううっ・・・」
健一郎のした陵辱は、彼女が『親族企業のエリートである自分』という存在に
生きがいを感じ、犠牲にできないのを計算づくでの行動なのだった。

 その後、数日間の別荘暮らしで、冴は昼夜かまわず羞恥責めにされた。
ベッドで、プールで、砂浜で。ところかまわず健一郎は彼女を犯し、肉体を玩ぶ。
最初に受けた破瓜の激痛の他に、痛みを受けはしなかったが
砂浜で赤ん坊のように抱えられてした放尿や、媚薬を使った自慰の強制
結合したままの散歩など、死ぬほど恥ずかしい行為をさせられ
地獄のような日々を冴は過ごした。


 そして帰国日の前夜。
寝室のベッドの上で、健一郎はガウンを着た冴を背中からだき抱えていた。
特に何かをする訳でないただの抱擁だったが、その奇妙な間が
これから行なわれる恥辱を想像させ、冴の不安を増長させていた。
「するんなら・・・早くして。さっさと終わらせてよ・・・」
「そうあせるな。最後の夜なんだからゆっくりしよう」

未だに強がる彼女の願いを無視し、健一郎は冴の腹に手のひらをあてがう。
「ふふ、楽しい旅行だったな」
「楽しくなんか・・・なかったわ」
恨みを込めた冴のつぶやき。
「そうか?おまえもずいぶん喜んでいたようだったが・・・」
「・・・・・・言わないで」

 健一郎は恥辱と快楽の日々を回想し、冴に語る。
優しく腹を撫でながら冴が快楽に溺れていった様を彼女の耳元で囁く。
「んっ、ねぇっ!するなら早くしてよ!」
肉体の内から湧き起こる、じんじんするものに堪らなくなった冴が叫んだ。
彼の言葉から昨日までの日々を思い起こすたび、体が芯から火照っていき
むず痒いような何かを肉奥に感じてしまっていたのだ。

「何をして欲しいんだ?」
健一郎が耳元でくすぐるように囁き、問う。
「いつもみたいに辱めればいいじゃない!」
「ふふ・・・今までの詫びだ。今夜は君の望むことしかしないよ」

『そんな・・・』と、冴は思わず言いそうになり、慌てて口を閉じた。
言ってしまえば彼の行為を求めているという事になる。それだけは避けたかった。

「プールでした時も凄かったな。抱いてるだけで君は凄く気持ち良さそうな顔を・・・」
健一郎の思い出話は更に続く。その一つひとつに受けた肉感を思い出し
冴は全身をもじつかせ、時折ぴくんとひくついた。
「ひ・・・ひどい!こんなの!」
「何が酷いんだ?今日はこんなに優しくしてやってるじゃないか?」
「優しくなんて!・・・んっ!」
「いつもそうだったろ? 逃げられないようにしてたのは、初めの二日だけだ。
 君は逃げようと思えばいつでも逃げられたはずだぞ?」
「でも・・・・」
「今だって何も無理強いはしてない。逃げれば殴るとも言ってないし
 縛りつけてもいない。振り払おうと思えば今すぐできるだろ?」
「う・・・・・」

 これまで思っていた疑問が今、冴にははっきりと判った。
別荘での数日間、健一郎は冴の肉体に痛みらしい痛みを与えていなかった。
ただただ甘美な快楽と喜びを与えつつ、彼女を陵辱していた。

服従に最も有効な『痛覚』という手段を取らなかったのが
冴には不思議だったのだが、その理由は苦痛によって仕方なく
彼に従っているのだという逃げ口を塞ぐためだったのである。

 彼に強制され、仕方なく。では無しに
自らの肉欲に屈し、快楽をねだらねばならない屈辱。
今まで反抗に反抗を重ね、理性を保っていたと思っていたが。
自分でも気づかないうちに心底まで性奴に仕立て上げられていたのだ。

「ぁふっ!も、もぅ!」
限界を超えた冴がガウンの上から一人で秘部を慰め始めた。
健一郎は彼女の手首を掴むとガウンから引き離し、快楽をおあずけにしてしまう。
「我慢できなかったらしてやるよ。ほら、例の言葉。言ってみな?」
「あぁ・・・・」
勝てない、と冴は思った。今まで他人を足元にひふれさすのは得意だと
思っていた彼女だったが、とうてい彼にはかなわないのを思い知った。

そして、とうとう冴は屈してしまった。
「わたしは、ただの・・・・すけべな女です・・・」
「ふふ。よし、いい子だ」
冴の手を離した彼の両腕が、彼女のガウンを一気にはだける。
形の良い乳房がぷるんと飛び出し、先ほどからすっかり尖りきっている
ピンクの先端を健一郎がきゅっとつまんだ。
「ほら、何がして欲しいんだ?具体的に言えばしてやるぞ」
「ああっ・・・あそこを舐めて!舐めてぇ!」
もうどうなってもいい。今はただ肉欲に溺れたい。その一心で冴は叫ぶ。
「あそこって?ちゃんと言うんだ」
「お・・・お○ん、こ・・・お○んこなのぉ!」
「ははは、いきなりそこか?しょうがない奴だな」
侮辱の言葉を与えながら、健一郎は新妻奴隷の股を開かせ
いやらしい芳香の香り立つその中心に唇を寄せていった。

          ◆

 数時間の後。ようやく最後の夜が終わった。
腰が抜け、ぐったりと寝そべったまま冴は悦楽の余韻にぼんやり浸っていた。
心が理性を取り戻すのが恐かった。自尊心を思い出し、自分を傷つけるのが嫌だった。
できることならこのまま何も考えられない肉奴隷でいたいと彼女は思った。

理性が戻ると共に、室内の景色が暗くなっていく。
彼から心を閉ざすように、健一郎の姿が闇に消えていく。
ゆっくりと、ゆっくりと・・・・・・・

 冴が己を取り戻した時、彼女の周囲はすっかり漆黒の闇に包まれてしまっていた。
何も見えない闇。何か固い殻に閉ざされているような気分になる闇。
そんな漆黒の中、ぽつんと冴だけが一人、裸のままうずくまっていた。

「健一郎は用済みだ」
「え?・・・・・」
聞き覚えのある言葉だった。親族会議で聞いた言葉。
親や親元の企業陣からの声が、彼女の周囲に響き始める。

「彼とのつながりは企業戦略的に薄い」
『キシッ・・・』

「桐ノ宮健一郎は用済みだ」
『キシッ・・・ピシッ・・・』
孤独な暗闇の中、声と共にガラスのきしむような音が混じる。

「働かない者に利用価値はない」
『キッ、ピシピシッ・・・・キキッ!』
闇に亀裂が走る。

「離婚しろ」
『ビキッ!』
鏡が割れる時のようなヒビ割れが一気に広がる。

「次の結婚の準備もある。戦略的にも必要な事なのだ」
『ギギッ!ピシッ!ギチギチギチッ!』
ぐるぐると、ただぐるぐると親族会議での残酷な言葉が繰り返される。

「冴・・・・・・私の冴・・・」
最後に響く母親の声。優しく、それでいて冷たい声で母は命じた。
「冴、言うことには従いなさい」
「お母さん・・・・」
「あなたは『ジェネラルコーポレーション』の『藤錦 冴』なのよ」

『ガシャーン!』

闇が割れた。冴の限界はそこまでだった。
「いやぁっ!」
一声高く悲鳴をあげ、耳を塞いだ彼女は半狂乱になって泣き叫んだ。
「それでもあたしにはあの人が必要なの!必要な人なの!」

          ◆

 夢はそこで突然終わった。
正確に言えば、内容に耐えられず目が覚めてしまったと言えるだろう。

がばっと起きた冴が現状を把握できないまま、あたりを見回す。
しばらくの間、使われていなかった桐ノ宮邸での自分の部屋。
健一郎から逃げるために作った仕事用という名の憩いの場。

そんな部屋の隅に置かれた書卓に冴は座っていた。
狭い机一面に広げた書類の束が目の前に2、3の山を作って散らばっている。
首を横に向けると、クローゼットや仮眠用のベッドなどが
少し埃をかぶり、どことなく寂しそうにたたずんでいた。

窓の方を見る。夜の闇の中、雨と風がごうごうと激しく窓を叩いている。
強風に窓ガラスがガタガタ鳴り、風に揺すられた枝が時折窓ガラスを引っかいて
キィキィという甲高く嫌な小音を立てていた。

時差ぼけのせいか、書類整理の最中にうっかり眠ってしまったようである。

 ふぅ、と一つため息をつくと、冴は辛そうな表情をした。
『やっぱり、わたし・・・・・・』
別れられない、と冴は思った。夢の中で『彼が必要だ』と叫んでしまったのだ。
認めたくはなかったが、自分は未だに健一郎に思いを寄せているという事実を
理解してしまったのだ。

「あの・・・起こしちゃいましたか?」
声に驚き冴が振り向くと、すぐ後ろに立つユカの姿があった。

 そこでようやく彼女は自分の背中に薄桃色の毛布がかけられているのに気づいた。
どうやら風邪をひかないようにと、ユカがしたもののようだった。
「なるべく、そっとかけたんですけど・・・・申し訳ありません」
なんともすまなそうに、ユカは冴にそう謝る。

だが冴は彼女の気使いに感謝の気持ちはなかった。
それどころか、冴の心にはユカに対しての憎しみが高ぶり始めていたのだった。

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