TEL. 080-3219-1744
〒273-0005 千葉県船橋市本町4-43-2-308
撮影:BE-POP 浪岡洋一 奥中山高原スキー場
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2 ダンスが大好きな私は、3歳から始めた日本舞踊を皮ぎりに、学生時代にのめり込んだ器械体操、そしてクラシック・バレエ、モダンダンス、ソシアル・ダンス、タップダンス、そしておぼれながらがんばったシンクロナイズドスイミング・・・ なんとか長いスキーを操れるようになった時、雪の上で蝶のように舞いたくなったのです。しかし、長い板で、斜面で・・・、思うように踊るには程遠いものでした。 いろいろなダンスを持ちこんで、「あぁ、やっぱりこれが一番近いな」というのがスケートを始めた時の実感でした。「スケート300年の理論と文化を雪原に持ち込んで、雪上で自由に踊りたい!」 しかしスケートはすぐには滑れるわけではありませんでした。延々とつづくスケート修行の日々、幸いすばらしい指導者に恵まれ、1993年には、アメリカのアイスダンスのマスターズ・ゴールド・メダルを取得しました。 |
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3 スケートの理論と実際を習いつつ、雪の上で同じことができないかと格闘する日々でした。 スケートは平面にまっすぐの軸をキープし、わずかに軸をかたむける, アウトエッヂならアウトエッヂだけで円を描きます。スキーで山を上っていくのは無理な話なので、全円を半円にしました。 しかし、斜面に半円を描くのは大変むずかしいことでした。前半のカーブを正しいエッヂで滑るには・・・? いろいろ試して、ようやくたどりついたのが、次の3つ。 ☆ 使用する斜度を8°~12°に限定する。 ☆ 前半のエッヂを確保するために充分なスピードでプレターンをする。 ☆ セミサークルへのこだわりを捨て、三日月サークルを基本にする。 音楽にふりつけることを考えれば、常に滑るスピードをコントロールできないといけません。 そこで、山回りの時に減速しないよう、フォールラインに直交する水平ラインではなく、斜めのラインを想定して、次のターンにスピードを維持したまま入れるようにしました。 このことにより、ようやくスケートと同じ理論を展開することができるようになりました。 ちょっと詳しく・・セミサークルから三日月サークルへ |
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4 たくさんの生徒さんの応援がありました。1977年から今も通い続けてくれる方、辞表を胸に一シーズン、30日~40日をともに過ごし研究を助けてくれた方、一生懸命レッスンを受けてくださったたくさんの生徒さんのご協力を得て、スキーダンスは歴史を刻んで来ました。 |
5 2001年にインターネットを通して、アメリカで同じような活動をしていたMs.Cheryl Malfetti との交流が始まりました。2003年、アメリカで開かれた第1回インターナショナル・スキーダンス・フェスティバルを開催、日本の技術を高く称賛されました。(その時の写真がphotoページにあります。) | |
6 80cmのスキーはどなたにも親しんでいただけます。ストックをつかってもいいのですが、慣れればからだでバランスを取れるようになります。白銀のゲレンデで繰り広げられる日本のオリジナルスポーツを、ぜひ、多くのみなさまに味わっていただきたいと思います。 |
市川市生まれ 県立国府台高校、武蔵野音楽大学音楽学部教育学科ピアノ専攻
3歳より日本舞踊市川流を習う。6歳よりピアノを高臣美美津子先生に習う。
高校、大学と器械体操部所属、全日本選手権20位、東日本インターカレッジ 2部校個人の部 2年連続1位
東京都足立区立花畑中学校音楽教諭を経て、会員制体育クラブ「HEC市川」に体操インストラクター兼ピアニストとして勤務。
1975年 高橋巌夫氏とフィギュアスキー協会を設立。初のプリマ・デモンストレーターとして、多くのTV, 雑誌、新聞で紹介される。
嶋内万里子ドキュメンタリー「雪上に舞う蝶」東京TV、ピッタシカンカン、女の60分7回、「本物は誰だ」、笑点、NHKニ ュース番組、SKI、 Skier、スキージャーナル、るるぶ、ほか多数。
1978年 TVロケ隊とともにアメリカ、ヘブンリーバレー、スコーバレーにてデモンストレーションを行う。
1979年 世界スキー指導者会議(インタースキーin 蔵王)で寺内タケシの生演奏、8人の女性ダンサーとともに チャイコフスキーの
「ピア ノコンチェルト」を踊り、クルッケンハウザー教授らより喝さいを浴びる。
第1回 国際女性スポーツ会議出席
単独ニューヨークへ渡り、ジャズダンス研鑽。
1982年 83年 日本ジャズダンスフェスティバルに出演
品川スケートリンクで葭内教通先生に師事。フィギュア・スケート、アイスダンスの理論と実際を習う。
師の精密な理論が今のスキーダンスの骨格となる。
その後、スケート殿堂入りされた佐藤信夫先生にシングルを、新井珠夫先生、そして現在、長野オリンピック出場の田中衆史先生 にアイスダンスを習う。
1988年 「おどるスキー」としての研究に専念するために独立。「日本スキーダンス協会」を設立。
1989年 教本「Skidancing」を発行。。
1991年 専用板「おどりゃんせ」を設計、販売。
1993年 6度にわたり渡米し、USFSAアイスダンスのマスターズ・ゴールドメダルを取得。
1994年 渋谷宏之と結婚 人生のパートナー、雪上のパートナー、そして氷上のパートナーとして、ともに歩みを始める。
2000年 教本ビデオ「Skidance@」を製作、販売。
2003年 インターネットを通して、Ms. Cheryl Malfettiと知り合い、第1回 International Festivalに招待される。
2005年 第2回 International Festival参加
2010年 カナダ、ウイスラーにてデモンストレーション・ツァー
2014年 BE-POP 浪岡洋一氏撮影にてYouTubeに15本の映像をアップ。
2015年 ISUアダルト選手権Orberstdorf大会にゴールド・アイスダンス部門に出場4位
2017年 ISUアダルト選手権vancouver大会にゴールド・アイスダンス部門に出場1位
2018年 ISUアダルト選手権vancouver大会にゴールド・アイスダンス部門に出場2位
2019年 ISUアダルト選手権Lake placid大会にゴールド・アイスダンス部門に出場2位
skidanceodoro@gmail.com
〒273-0005
千葉県船橋市本町4-43-2-308
4-43-2-308 Honcho, Funabashi, Chiba, Japan
TEL 080-3219-1744
FAX 047-767-7753